過去の礼拝説教集2024年1-6月
2024年1月7日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書21章7~19節
説教 「終わりを生きる」
牧師 藤塚 聖
21章には「世の終わり」に何が起こるのか記されています。私はここを読むと気持ちが重くなるのですが、それでも「終末論」は教義学の主要なテーマとされているので、今回は自分なりに踏み込んで考えてみたいと思います。
まず私たちは「終末」をそれほど意識していないと思います。神が天地を創造したのなら、その終わりもあるだろうという程度です。しかし聖霊を強調するペンテコステ派のような教会は、「終わりの日」の「キリストの再臨」、「空中携挙」、「最後の審判」など非常に重視しています。「使徒信条」の最後も、キリストは「天から来て、生きている者と死んでいる者とを裁く」とあるし、日本キリスト教会の信仰告白も、「終りに日に備えつつ、主が来られるのを待ち望みます」とあります。
そこで素朴な疑問が幾つかあります。いつか「世の終わり」があるとしても、私たちの生存中とは考えられないことです。パウロも若い頃は生存中にあると考えたようですが(1テサロニケ5:15)、晩年には変わりました(ピリピ1:23)。パウロでもそうなのだから、おそらくこれから先もないのだろうし、むしろ自分の死の方が先でしょう。それなのになぜ待たないといけないのか不思議です。
またイエスの復活の考え方は、死んでもすぐに復活して、神の子として神と共に生きるというものです(20:36以下)。だからわざわざ「終わりの日」まで復活を待つ必要はありません。もしそうなら、関連する再臨も最後の審判も不要になります。そもそも「万人救済」ならそれらは一切不要であり、私たちは生きていても死んでも、神の子として何の心配もなく全てを神に委ねられるのです。私たちが考えるべきことはそれでいいのではないでしょうか。
さて、21章は「終わりの日」が来る前に起こることが沢山記されています。戦争や暴動、地震、飢餓、疫病(9-11節)、また信者への迫害や裏切り(12-17節)、そして軍隊によるエルサレムの破壊があり(20以下)、その後に宇宙的な激変が起こり、「人の子」が雲に乗ってやってくるというのです(25-27節)。後に教会はこの「人の子」をイエスと同一視して、再臨信仰にしてしまいました。
さて、イエスの時代は、黙示思想が広く浸透して、世の終わりに対する関心が高まっていた時期でした。21章のようなことは、誰もがよく知っていたのです。従ってイエスの意図は、世の終わりを聞き知っていたとしても、そんなことに心奪われるのではなく、むしろ落ち着いた生活を勧めることにあったのでしょう。それらが「おびえてはならない」(9節)、「命を勝ち取りなさい」(19節)、「身を起こして頭を上げなさい」(28節)、「いつも目を覚まして祈りなさい」(36節)ということです。世の終わりに動揺するのではなく、いつも目覚めて、地に足をつけて、自分のなすべき責任を果たしなさいと勧めているのです。
マルティン・ルターは、「たとえ明日世界が滅ぶとも、今日リンゴの木を植える」と言いました。これがイエスの言いたいことかもしれません。
(牧師 藤塚聖)
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2024年1月14日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書21章25~28節
説教 「人間の不完全さ」
牧師 藤塚 聖
先週は、たとえ「世の終わり」があるとしても、それに心奪われず地に足つけた生き方が大切であると話しました。イエスも世の終わりを否定はしないが関心はなかったと思います(25以下)。というのもイエスの考え方は「終末論」ではないからです。
私は漠然と、古い世界が終わり新しい理想的世界が実現するという終末論は、希望の表現であり良いのではないかと思っていました。しかし調べてみると、この思想が世界に争いや分断を生み出し、多くの問題を拡散してきた元凶であると分かりました。まず旧約聖書の中には大きく分けると「創造論」と「終末論」の二つの流れがあるようです。結論としては、イエスは創造論の考え方なので、私たちもそこに軸足を移して、自分の信仰を考え直すべきではないかと思います。
まず終末論は、人間世界の悲劇や矛盾を前にして、人の力ではどうにもならない絶望とあきらめから始まります。そして神によって全く新しい世界に刷新される期待と希望を語ります。イザヤの救済預言はその典型であり、理想的な王によるイスラエル民族の復興が語られます(9:5以下)。それは神の完全さが、理想的な形で人間世界に実現するということです。ここで問題なのは「二元論」にあるようです。否定される古い世界と来るべき理想的な世界は、滅ぶべき罪人と正しい義人という区別につながります。またこの思想は自分たちを苦しめるこの世に対する恨みがあり、神が報復することを期待するのです(10:5以下)。つまり自分が救われるために、必ず敵を必要とする考え方なのです。
こうしてみると、キリスト教の歴史とは酷いものです。異端を火あぶりにして、魔女狩りして、宗派の違いで殺し合い、植民地政策で他の宗教や文化を徹底的に潰してきました。これは義人である自分たち以外は滅びでも構わないという終末論ならびに二元論的な発想なのです。またこれは現代では、圧倒的な経済格差を是とする新自由主義に連なります。それは多くの貧困者を生み、環境破壊を進め、人が自分を神とする傲慢の現れの何ものでもありません。
一方の創造論は、神だけを支配者とするのが前提としてあり、預言者は常に王政を批判してきました。人が人を支配することは許されないのです。それは人が不完全であり、愚かで、その思うところは常に悪だからです(創世記6:5)。そしてそれを神の前で反省して、いつも忘れないことが創造論の基本にあります。そもそも人は土のチリから造られたのですから(同2:7)。そして神はそれを良しとされました(同1:31)。
このようにイエスは断罪の神ではなく、不完全な者をそのまま生かす神を語り「二元論」を否定しています。神に造られたこと自体が祝福なのだから、与えられた命を精一杯生きればいいのでしょう。人は義人にはなれずに不完全だからこそ、愛と赦しが中心になるのです。
私たちは、無自覚なままで終末論的な歪んだ価値観に染まっています。人間の不完全さをごまかさずに認め、人を義人と罪人に区分けする傲慢さに気付くべきです。早く終末論を卒業して、創造論を軸とする生き方に変えていきましょう。
(牧師 藤塚聖)
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2024年1月21日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書5章27~32節
説教 「食卓の交わり」
牧師 藤塚 聖
イエスとパウロを比較すると、その教えには大きな違いがあります。それはイエスが「創造論」を、パウロは「終末論」を基本にしているからです。終末論の大きな問題は、理想世界実現の希望を語るのはいいとして、そのために現世を否定することにあります。しかしたとえ不完全な世界であっても、その中で理想を目指して少しでも近づければそれで良いのではないでしょうか。創造論の考え方ならば、不完全な人間をそれでいいと祝福してくれるのです。
そこで私たちは、創造論に即して生きたイエスの言動に学ぶことが大切だと思います。今回は「罪人との食事」に注目してみましょう。イエスはパリサイ派から「大食漢で大酒のみ」(7:34)と批判されるように、罪人として差別される人たちと頻繁に会食していました。中でも徴税人は極端に嫌悪されていました。敵国ローマの手先として金を徴収するのだからどうしてもそうなるのです。他には血液と接触する皮職人や食肉業者、物乞い、障碍者、娼婦などが罪人と呼ばれました。イエスの周りは漁師も中産階級もいて、これらの雑多な人たちが何の分け隔てもなく一緒に食事を楽しんだのです。
さて、このような会食がなぜ人々を引き付けたのでしょうか。古代の中東では会食は友情と信頼のしるしでしたが、イエスの会食はそれを上回る喜びがあったようです。それは無条件で受容される幸福感だったと思われます。イエスは何も求めず、一緒に楽しく食事して、対等な人間であるという当たり前のことを示しました。何の資格もいらずに参加できるのは、日常の価値観が逆転する経験だったのではないでしょうか。参加者は人間回復して、本来の自分になれたのです。イエスはこのことを「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くため」(32節)と言っています。しかしルカは「悔い改めさせるため」と付加して、イエスの真意を台無しにしてしまいました。
この会食には外からの差別は意味を失います。イエスは文句を言う者たちに「徴税人と娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」(マタイ21:31)と諭すのです。さらに内部でも参加者同士の差別が解消します。徴税人と娼婦も普段なら決して仲間になれないでしょう。しかしこの会食では偏見は消えるのです。つまり自分を取り戻すことで、相手も受け入れられるのでしょう。
朝日新聞「折々のことば」(1/8)によると、これと真逆のケースがナチス収容所でありました。顔面にあざのある女性が、収容所に放り込まれてからやっと誰とでも対等になれたと思ったというのです。そこでは出自や財産や地位は意味を失い番号で呼ばれます。つまり人格が否定されることで、差別が解消されたのです。
自分を取り戻すことで差別が消え、誰とでも対等になれる場所がイエスの会食でした。参加者はそこでどれだけ励まされたでしょうか。きっと勇気を持って生きて行こうと思えたことでしょう。教会の礼拝がそういう場所であるならば素晴らしいことです。
(牧師 藤塚聖)
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2024年1月28日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書5章12~16節
説教 「病んだ社会のいやし」
牧師 藤塚 聖
福音書を読むと、イエスは日々「教え」と「会食」と「癒し」に関わっていたようです。病気の癒しに関しては、イエスにはカリスマ的な力があったと思います。だからこれほど沢山の話が後世に伝わっているのでしょう。ストレスが病気の大きな原因なので、それが解消するだけでも改善すると思われます。さすがに死人の復活となると伝説化されていますが、皮膚病などは本人がイエスに直に触れてもらい「清くなれ」と宣言されたのなら、本当に治ったと思えたことでしょう。
病気の中でも皮膚病患者は物凄く差別されました。町から追い出されて、離れた場所に隔離され、治療も施されずに後は死んでいくのを待つだけでした。感染防止の側面もありますが、それ以上に酷いのが宗教的に穢れていると見なされることでした。罪による穢れとされて、誰からも同情されないのです。
そういう状況で、イエスが病人に触れたのは凄いことです。らい病と他の皮膚病の違いを知っていて大丈夫と判断したのか、そうでないとイエス自身も感染してしまうのです。少なくとも、イエスは宗教的な穢れなど全く意に介していなかったのでしょう。だからこそ躊躇なく手を差し伸べて、触れることができたのです。病人はそうされることで、凄い衝撃を受けたのではないでしょうか。
イエスの癒しの目的は、治癒そのものより社会復帰させることにありました。そのために、祭司による診断を勧めました(14節)。家に帰るには完治の証明が必要だからです。レビ記13章から14章にあるように、証明には相当な時間と費用と忍耐が求められます。イエス自身はばかばかしいと思っても、急がば回れということなのでしょう。
さてこの話の焦点はどこにあるのでしょうか。問題は病そのものではなく、病に侵された人を穢れとして葬り去る社会通念にありました。生まれながらの盲目や(ヨハネ9:1)、災難や不幸は罪を犯したことの報いとされ(13:2)、苦しんで当たり前とされました。弟子たちもその社会通念を普通に受け入れていました。それに対してイエスは明確に否定したのです(ヨハネ9:3、ルカ13:3,5)。
現代日本においても、戦前に定められた「らい予防法」が廃止されるのに65年かかりました(1996年)。患者を強制隔離することで長きにわたり差別を助長してきたのです。ましてや、古代においては人として見られなかったことでしょう。病気や災難を本人の罪の結果と考えるのは、実はその社会が病んでいて歪んでいることだと思います。イエスの癒しは、そういう社会への異議申し立てであり、人間性の回復でした。
病気さえ治れば罪が清められたとされるので(13節)、イエスは積極的に癒しを行いました。そして治った人には、度々「家に帰りなさ」、「安心して行きなさい」と言葉をかけたのでした。イエスは神の子だから奇跡的な力があったという話ではなくて、そのような社会的な意味があったことを忘れてはいけないでしょう。
(牧師 藤塚聖)
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2024年2月4日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書5章17~26節
説教 「あなたの罪は赦された」
牧師 藤塚 聖
聖書には「罪」の記述が多いので、教会でも罪ばかり語られています。有名な「ハイデルベルグ信仰問答」もほぼ罪の説明から始まります。しかし私は幸か不幸か罪について深刻に考えることはありませんでした。それよりも、聖書から教えられたのは「神の愛」であり、赦されているという感覚の方がずっと大きかったのです。罪意識に悩む人に「贖罪論」は有効かもしれませんが、せっかく自己肯定できている人がわざわざ罪意識をもつ必要はないと思います。
イエスが問題にしたのは社会的な「罪」でした。従って私たちが思う「原罪」などはまったく問題にしていません。罪とは神の掟(律法)に違反することであり、殺人や盗みや偽証、いわゆる犯罪がそれに当たります。しかしそれ以外にも、職業的に律法を守れない人も沢山いました。血液に触れる仕事や船乗り、安息日にも仕事を休めない人、異邦人とそれにかかわる人。また、病人や障碍者も罪人とみられました。病や障碍や不幸は犯した罪に対する神の罰と考えられたからです。そんな考えをイエスははっきりと否定しています。
さて、中風の人の癒しでは、神の罰という考え方をひっくり返すことがイエスの意図でした。病の原因となる「罪」なんて元々ないことを言いたいのです。しかし病は罪の結果だと心底信じている人たちに、罪はないと言っても通じないので、まずは「あなたの罪は赦された」(20節)と宣言して安心させました。そして罪の消滅が誰の目からも分かるように、中風という病の癒しを行ったのです。病人自身も周りの人たちも納得させるためでした。繰り返しますが、イエスの本心としては罪など最初からないのです。
イエスのやったことも見て、律法学者とパリサイ派は神を冒涜する行為、つまり掟破りと見なしました(21節)。「罪の赦し」はエルサレム神殿の祭司の専売特許だからです。それは神殿による支配自体を否定することにもなるから大変なことでした。イエスは更に「人の子が地上で罪を赦す権威をもっていることを知らせよう」と言いました(24節)。つまり罪という社会通念は人が作ったものだから、人自身がそれを是正できることを身をもって示したのです。
さて最後に、イエスはパウロのような罪意識を持っていたのでしょうか。きっとパウロのように内面的な罪に苦しむことはなかったと思います。人が不完全であることや正しくないことを知ってはいても(マルコ10:18)、イエスにとっては神の愛の方が重要だったのではないでしょうか。それでも「主の祈り」にあるように、隣人の負い目を赦しますから、私の負い目も許してくださいと祈りました(11:4)。人生経験を積めば誰もが分かることですが、私たちは色々な意味で神と人から負い目を赦されて、今ここにあると認めざるを得ません。完全な人間などいないからです。だからこそお互いに愛と赦しが大切なのではないでしょうか。
(牧師 藤塚聖)
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2024年2月11日(日)10:30~
聖書 マタイによる福音書20章1~16節
説教 「人間の平等」
牧師 藤塚 聖
私たちは人と関わるとき、相手がどういう人物か知った上で、関わり方を考えるものです。どこで何をしているかを尋ね、少しでも素性を知ろうとします。多分そうしないと不安なのだと思います。イエスはそうではなく、ありのままの相手と、何の先入観も持たずにつきあったのではないかと思います。むしろ誰も相手にしないような人と仲間になりました。どうしてそうできたのでしょうか。
ぶどう園のたとえ話が、その参考になるかもしれません。主人が労働者を雇った時刻が、朝の6時に始まり3時間ごと夜6時までとなっています。だから一番働いた人は12時間働いたことになります。最後に雇われた人はわずか1時間です。それなのに賃金が皆1デナリだったので文句が出たという訳です。労働者はみな1デナリの賃金で合意していたはずでした(2節)。だから不満の理由は、1デナリという金額ではなく、働いた時間によって差をつけなかったことにあります。このように人は他者との間に序列をつけないと気が済まないのです。
最後まで雇われなかったのはどういう人たちでしょう。日雇い労働では、たいてい若い健康な男性が選ばれます。高齢者や身体的なハンデのある人ははじかれます。女性や子供は論外です。それでは彼らは生きていけません。皆が生きていくためには、働きに応じた賃金がいいか、皆同じ賃金がいいか、どちらが正義なのかという問いなのでしょうか。
もっと踏み込んで考えるならば、この話は人の根源的な平等性が語られているように思います。ぶどう園の主人は、「この最後の者にも、…同じように支払ってやりたいのだ」と言いました(14節)。つまり人の存在というのは、その働きとは無関係に全く等しく価値づけられているということでしょう。しかし私たちはどうしても互いに比較し合い、勝手な基準で優劣をつけてしまうのです。そしてそのことでかえって自分を傷つけ他者を貶めているのです。
問題は、私たちが物心ついた時から教え込まれている価値観にあるでしょう。小学生の時から成績やスポーツの出来で優劣をつけられ、受験競争と就職活動で選別され、最終的にはどんな職業で年収はいくら等々、人生における勝ち組と負け組になり、人の価値に違いがあるように思わされています。そういう私たちに、イエスは人間存在の根源的意味を教えてくれます。そこから見るならば、どんな人のどんな人生も優劣ではなく同価値なのでしょう。
NHKの「ドキュメント72時間」という番組は、特徴ある場所で三日間取材して、スタッフが来訪者から話を引き出すというものです。「資格取得専門学校」や「長距離バスターミナル」など、そこで出会う人は皆それぞれの人生を背負っていて、それを見ていると、本当に百人百様でありながら皆かけがえのない人生だと思えます。そしてその一方で、世間の価値観に流される自分もいます。だからこそ、目を覚ますために、イエスの言葉に聞き続けていく必要があるのでしょう。
(牧師 藤塚聖)
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2024年2月18日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書18章15~17節
説教 「神の国とは何か」
牧師 藤塚 聖
イエスは「神の国」について多く語っています。しかしそれが何を意味するかは、研究者によって意見が割れています。当時も色々な意味で使われました。「国」と訳された言葉は「支配」の意味なので、神の国とは「神が王として支配すること」を表しています。だから人が人を支配することへの反論として「神の国」が使われました。旧約預言者の王政批判はその典型です。しかしそれよりも終末論的な意味で使われることが多かったようです。人々はローマの支配が排されて、神の直接介入による「神の国」の到来を熱望していました。だからそれがいつなのか盛んに議論されたようです(17:20)。
しかしイエスはそのような「神の国」には殆ど関心を示していません。むしろ神の国に入る資格があると自負する人たちに対して、批判するために言及しています。もし「神の国」があるとするなら、徴税人や娼婦の方があなたたちより先にそこに入ると言っているからです(マタイ21:31)。つまりイエスは広まっていた終末的な神の国についての考え方を否定しているのです。
それを明らかにしているのが、「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」という言葉です(18:17)。大人はそこに入りたいと苦労しているが、子供は当たり前に受け入れているということです。イエスはよく自然界になぞらえて「神の国」を語り、農夫のまいた種が、そのまま自然に育って実を結ぶ様に重ねています(マルコ4:25以下)。それと同じように、子供が余計なことは考えずに、与えられている命をそのまま自然に生きていることが、神の国を受け入れることなのでしょう。そうであるなら、命を与えられ生かされている事実そのものが「神の国」であり「神の支配」ということになります。
それに比べると、私たちは何と無駄なことに頭を悩ませて生きているかということです。神の国を終末論として考えるのもその一つです。そこに入るために宗教的に熱心か否か、勝手な尺度を作り出して、永遠の命を得るために苦悩して、すでに神の支配の中にいるのに(17:21)、その有難さ
に気付けません。小さな子供は過去も未来も気にせず、今だけを生きています。当然人の身分や地位や業績など関心ありません。イエスはそうであれと言っています。
しかし大人になってしまった私たちには、それは相当に難しいことです。 今更子供にはなれないからです。それでも人生経験により学んだこともあります。人は不完全でも肯定されて生きていることを。イエスも律法より人生経験や自然から多くを学んだのではないでしょうか。駆除されるカラスや邪魔になる草花でも神に養われていること(12:22以下)、神は人を選ばずに太陽と雨の恩恵を与えていること(マタイ5:45)など、人の基準と関係なく、命あるものは全て神の働きを受けて生かされていることが肝心なのです。それが本当に分かるなら、私たちはどんなことにも感謝して生きることができるでしょう。
(牧師 藤塚聖)
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2024年2月25日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書1章1~8節
説教 「福音のはじめ」
牧師 藤塚 聖
マルコ福音書はイエスの誕生には全く触れていません。聖者伝説になるのを避けたのでしょう。そこでいきなり洗礼者ヨハネの話からはじまっています。マルコはヨハネをイザヤ書で預言された人物ととらえています(2節)。引用には出エジプト記(23:20)とマラキ書(3:1-3)も含まれますが、とにかく「終わりの日」には預言者エリヤが再来すると広く信じられていたので(マタイ11:14、14:5)、マルコもヨハネをそのように理解したのでしょう。
ただしヨハネは自分の活動を、終末の神の審判に先立つものと考えていたので、「後から来られる」「優れた方」(7節)は当然神を指しています。それをマルコはイエスであるような話にしてしまいました。マタイはそれをさらに強調しています(3:14)。確かにイエスの活動はヨハネのユダヤ教改革運動の狭さを大きく超えるのですが、実際にはイエスはヨハネを尊敬して、洗礼を授けてもらって活動に加わり、師弟関係でいえば弟子になります。しかしキリスト教会は、ヨハネ死後のヨハネ教団とライバル関係だったので、イエスをヨハネより上位にする必要があったのでしょう。ヨハネ教団からすればとんでもない話です。
さて今回は冒頭の「神の子イエスキリストの福音のはじめ」(1節)について考えてみたいと思います。まず「神の子」の肩書は加筆と考えた方がよさそうです。なぜならば有力な写本には欠けているからです。信仰者はイエスが神の子で当然と思いますが、マルコは歴史の中で生きた人としてイエスを描きたかったのだと思います。次に「福音」ですが、宗教用語ではなく普通に「良い知らせ」という意味です。この言葉をキリスト教信仰を指すものとして広めたのがパウロです。そこでパウロの信仰内容とはどういうものかというと、生きたイエスについては全く語らず、十字架で死んで、その後神に代わって再臨して審判を行うといういわゆるドグマです。パウロはこのドグマを「福音」と言い換えました。パウロの影響は甚大で、「使徒信条」の内容もそうだし、教会が教えている信仰内容もこのようなことではないでしょうか。
それに挑戦したのがマルコ福音書です。すでに教会で広まっていたパウロの福音に対抗して、イエスという人がどのようにして生きて死んでいったのか、イエスという人の存在自体が「福音」だということを、マルコは伝えたかったのです。当時教会内ではパウロの手紙しかなかった時代に、これは画期的なことだったでしょう。
信仰を考えるに際して、パウロの教えはドグマなので、律法と同じように疑問があったとしても受け入れるしかありません。マルコは物語という手法なので、それを読んでどう思うか、読み手に委ねられます。それは生きたイエスの話に触れて、自分で考え判断できるということです。私はキリスト教というものが、原点であるはずのイエスから遠い気がしてなりません。そこで自分の信仰がパウロ型なのかマルコ型なのか、考えてみるだけでも意味があるかもしれません。
(牧師 藤塚聖)
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2024年3月3日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書1章21~28節
説教 「権威ある教え」
牧師 藤塚 聖
古代社会では、自然災害や病気や障碍など合理的に説明できないものはなにかにつけ「霊」のせいにされていました。従って病人には「悪霊」がついており、治れば出て行ったと考えられたのです。イエスが癒した人は、所かまわず大声で叫ぶので幻聴や幻覚があったかもしれません。また癲癇の症状もありました(23,26節)。
その時のイエスの言動は、そこにいた人たちに大きな驚きを与えました。普段接している律法学者のようではなく、「権威」と「新しさ」があったというのです(22,27節)。ところで律法学者とはどういう人たちだったのでしょうか。かつて律法学者と祭司は兼務だったのですが、専門化が進むことで分業になりました。律法は日常生活全般に関わっていたので、専門家である律法学者が幅を利かせていました。今で言う裁判官や弁護士のようでもあり、宗教規定や裁判法規も徹底的にマスターするので、認められる頃には40才位になったようです。それまでに相当修練を積む必要がありました。普段は会堂での宗教教育や安息日礼拝で教えていました。但しその教えは、律法のここにこう書いてあるとか、自分の先生がこう言っていたとか、聖書や先輩教師の権威を借りているにすぎず、病気の原因にしても、本人の犯した罪の報いを説くだけで、人々は不満に思ってもそれで納得するしかありませんでした。
また彼らは富裕層ではないが貧しくもないという中産階級であり、商工業者や独立農民に支えられたようです。従って彼らの律法解釈はそれらの中産階級の利益を優先し、便宜を図る傾向があったと思われます。
そういうことに慣れていた人たちの目には、イエスの言動は全く違うものと映ったのでしょう。イエスは律法の権威も神の名も借りることなく、誰が見ても当然のことを自分の責任で明言したからです。例えば、生まれつき盲目なのは犯した罪のせいではないとか(ヨハネ9:3)、安息日は人のためにあるのであり、人が安息日のためにあるのではないとか(2:27)、人が思っていても怖くて言えなかったことを、確信をもって語ったのです。悪霊につかれた人への対応もそうだったのでしょう。
語る人の深い経験に基づき、嘘偽りなく本当にそうだといえる言葉は、聞く人の心に響くことでしょう。さらにそれが本人の支持者や仲間にだけ目が向くのでなく、その都合に合わせることなく、誰が見ても公平で公正であるならば、そこには大きな説得力が生まれます。イエスの教えにあった「権威」とはそういうものかもしれません。
この話を、イエスは「神の聖者」(24節)だから権威があったと読むなら違うと思います。誰であれ自己保身や私利私欲から離れて、公平で公正な言動であるなら、そこには権威が宿るのでしょう。簡単なことではありませんが、イエスは私たちに人間の可能性を教えていると思います。
(牧師 藤塚聖)
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2024年3月10日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書1章29~34節
説教 「奉仕と想像力」
牧師 藤塚 聖
イエスの活動は長くても3年位だったと思われます。短期間だからこそ、あのように激しい活動ができたと思います。イエスと弟子たちには収入がないので、支援者が支えたのでしょう。その後の教会は、その活動をそのままの形では継承できませんでした。普通の人には仕事も生活もあるからです。従って、教会は自分に出来る形で引き継ぎました。
最近の研究によると、ペテロのしゅうとめの話はイエス後の教会の姿を示しているようです。マルコは前半のしゅうとめの癒しと、後半の悪霊払いの話を意図的につなげました。二つの話は、「伝承」として全く違う環境の中で成立しています。しゅうとめの話は、一般市民の中でつくられ、他にもイエスの教えや例え話なども中間層の中で伝えられました。一方で、イエスの悪霊払いを含め、病気や障碍の癒しは貧困層の中で伝えられました。社会から排除される者にとっては、癒しによる社会復帰が最大の願望だったからです。
イエスは主に貧困層の中で働きました。それは定住することなく、各地を巡回する不安定なものです。イエス自身も「人の子には枕する所もない」と漏らしています(ルカ9:58)。現代においても、そのような働きは確かにあります。大阪西成区で生活支援や炊き出しをする「希望の家」や、本田哲郎神父の働きには頭が下がります。小市民の私たちにはなかなか出来ません。かつてある人から、イエスに従うならマザーテレサのようになるべきであり、そうでない殆どの信者は胡麻化していると言われました。今でも問いとして残っています。
マルコの教会も、同じジレンマを抱えていたのではないでしょうか。普通の市民がイエスに従うとはどういうことか、自分なりの在り方をこの話に重ねたと思います。しゅうとめは熱が下がり、すぐに一同をもてなしました(31節)。同じ癒しでも、悪霊払いのような重さはありません。ただすぐにもてなす側になりました。「もてなした」とは、お世話や給仕ではなく「奉仕した」という意味です。イエスのような大変な活動のために、それを背後から支援するため、自分に出来ることをしたのでした。彼女もイエスの癒しを経験して、自分の小さな痛みをもっと苦しんでいる人への想像力に変えて、奉仕の力にしたということです。
昨年11月に福岡市の西南学院大学でペシャワール会の40周年記念行事が行われ500人が集まりました。ペシャワール会はパキスタンで医療活動した中村哲氏の支援のため発足し、2019年にアフガニスタンで中村氏が亡くなった後も会員が増えているということです。私は20年位前に、北九州市で中村氏の講演を聴きました。印象に残ったのが、学生に向かって医療従事者になり一緒に働いてほしいと語ったことです。それが無理なら支援金を送ってほしい、それも無理なら忘れずに覚えてほしいと言いました。支援金もポケットマネーでなく、少し痛い思いをして一回のランチや一杯のコーヒーを削り、かの地の活動に思いを馳せてほしいということでした。
私たちの教会は大きなことはできませんが、それを引け目に思わないでもいいと思います。奉仕の仕方は多様であり、想像力を磨いて自分の小さな痛みの経験を、より困難な人の痛みにつなげればいいのではないでしょうか。
(牧師 藤塚聖)
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2024年3月17日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書1章35~39節
説教 「人間のいやし」
牧師 藤塚 聖
雑誌「カトリック生活」2月号に、イエズス会の平井神父が「福音化」について書いていて、それは宣教と福音の力の双方で世を変革することだとありました。はたして教会の語る言葉に世を変革する力があるのか、そもそもイエスの語った宣教内容とは食い違っているのではないかと考えさせられました。
イエスの宣教の内容は難しいものではなく、人は皆例外なく神の子であり、神に愛される大切な存在ということです。つまり絶対に失われない神との一体性です。しかし社会は全くそうなっていないので、それを阻むものと戦わざるを得なかったのです。
イエスの活動を見ると、教えを説く話しより病気や障碍の癒しが圧倒的に目立っています。福音書の前半はそういう話で一杯です。それと並ぶのが悪霊払いであり、39節にも「宣教し、悪霊を追い出された」とあります。そこで私なりに単純化して、イエスの活動とは、第一に教え、第二に悪霊払い、第三に病気の癒しだったと考えました。そしてその中でも重要だったのは教えであり、それにより心の変革を促したのではないかと思います。人が変われば社会も変わるからです。しかし現実はそんなに甘くはないので、まずは目の前の病人を癒す他なかったのではないでしょうか。古代の抑圧された社会においては、病人や障碍者ほどその尊厳が否定される存在はないからです。
人の尊厳を否定するものの背後にある全てを「悪霊」と言い換えてみてもいいかもしれません。病気は罪を犯した報いだとか、穢れているとか、人間扱いせず排除するとか、それらの働きを「悪霊」とするなら、イエスが霊払いするのは当然のことです。そうでないと人の心と体を蝕み、ストレスを与え続け、治るはずの病気も治らないからです。それらが解消するなら、病気も自然に良くなることでしょう。
こうようにイエスが一番重視したのが教えることであり、その中心は神の愛や人の尊厳とその回復、安心して生きる権利と言えるかもしれません。二番目が、それを否定して阻むものを解消すること、つまり悪霊払いです。
そうすることで、様々な抑圧や偏見からの解放に努めました。そして三番目が病気や障碍のいやしです。しかしながら、このいやしは一番目と二番目の結果として成立すると言っていいかもしれません。極論するなら、たとえ病気が完治しなくても、神との一致を信じてストレスが解消して平安であるなら、人は幸福に生きることができるからです。その意味では、イエスにとって病気の癒しは最終目的ではなく、より良く生きる手段の一つだったかもしれません。
私たちも、いつまでも健康とは限りません。年齢とともに体が不自由になり、人の手による介助や介護が必要になることでしょう。がんを抱えたまま生きるかもしれません。しかし必ずしも健康体でなくても、抑圧から解放され、心にしっかりとした支えがあるなら、日々穏やかに生きることができるでしょう。
(牧師 藤塚聖)
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2024年3月24日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書23章32~43節
説教 「人生の最後の対話」
牧師 藤塚 聖
本日は受難日礼拝なので、イエスの十字架に関連する話をします。しかし罪の贖いとしての十字架死ではなく、イエスと一緒に処刑された者たちとの対話について考えてみます。
イエスと一緒に処刑された者がいたことは、4つの福音書の証言からして歴史的な事実だったと思われます。ただ簡潔に「イエスをののしった」(マルコ15:32他)とある中で、ルカだけは会話の内容まで詳しく記しています。そこでは「悔い改め」が強調されているので、これはルカの信仰による創作なのでしょう。それでも、人は死を前にして何を思うのかを考えさせられます。私たちも最後は十分に生きたと安心して死ぬのか、人生は虚無だと空しく死ぬのか、どちらなのでしょうか。
犯罪人の一人は悪態をつき、もう一人は深く反省しているので、「楽園」に行く者とそうでない者とに運命が分かれるように読めます。子供の頃は、反省して楽園に行く方になりたいと願い、そうでないとアウトだと思ったものでした。ルカの意図もそこにあるかもしれません。しかし年齢を重ねるにつれ、人はそんなに単純ではなくもっと複雑であり、一人の中に醜悪な面と反省する面があると考えるようになりました。つまり二つの態度は、絶望感を別々の形で表しているということです。最初の人は俺を救ってみろと言います(39節)。つまり人生が空虚なので、死んでも死にきれないという訳です。後の人は、やったことの報いとして人生を諦めています(41節)。
この二人の他に議員や兵士も口々に、自分を救ってみろとイエスをののしっています(35-37節)。彼らも自分の不安や恐れを、もっと弱い者にぶつけることで、そこから逃れようとします。無抵抗のイエスはそのはけ口でした。明らかなことはみな不安と恐れの中にあり、不確かなことではないでしょうか。つまり確かな土台を自分の中に持っていないのです。どんなに自分自身を掘り下げてもそこにはないので、それを他に求めるしかありません。「わたしを思い出してください」(42節)とは、人生が無ではないと思いたいということです。人生の根拠が自分にないと思い知らされて、イエスに求めています。根拠が確かであるなら、人生がどんなでも本当に生きて死ねるのに、それが見つからないのです。
朝日新聞に「男たちの介護」という記事が載っていました。時代が変わり肉親介護者の四人に一人が男性になりました。それまで仕事漬けで家庭を顧みなかった負い目から、介護にのめり込み、精神を病むケースが多いようです。介護が限界を迎えたとき、絶望感や自責の念により自らの存在意義が崩れてしまいます。人は何を生きがいとして、最後に残るのは何か考えさせられました。
「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(43節)とは、私たち全員に言われているのでしょう。楽園は「パラダイス」の意であり、元来は神が囲いを設けてその中にいる人を守る所です。だから神の囲いの中に私たちの命の土台があるのだから、立派であろうとそうでなかろうと、どんな人生でも十分に生きたと言えるのではないでしょうか。命の根に繋がれているのだから安心していいのです。
(牧師 藤塚聖)
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2024年3月31日(日)10:30~
聖書 コリントの信徒への手紙一15章1~11節
説教 「キリスト復活の意味」
牧師 藤塚 聖
キリストの復活について、昔の思い出があります。私が牧師試験を受けたとき、口頭試問で試験委員長から「復活を信じているか」と質問されて、私は曖昧に答えたようです。そのことはよく覚えていませんが、一緒に受験した友人が、その時の話を今でも面白く話してくれます。今改めて考えてみると、復活とは信じるか否かという問題ではなく、どう考えるか、どう受け止めるかという問題なので、その質問には違和感があったのだと思います。
聖書には、復活したイエスが驚く弟子たちの前で魚を食べ(ルカ24:43)、トマスに傷跡をみせ(ヨハネ20:27)、ペテロと対話する(同21:15)話が記されています。私はそれを理性に反してそのまま受け入れるより、そこにどんな意味があるのか考える方が大切だと思います。
さてパウロの手紙にも、5節から8節にかけて何度も「現れた」とあります。これを読むとキリスト自らが主体的に現れたように受け取れますが、言葉は「見られた」であって、見た人が主体としてそう思ったということです。つまり見たと「思った」ことが重要であって、それが彼らに何をもたらしたのかということです。
3節から7節の部分は伝承として広まっていたようですが、実に多くの人に「見られ」ています。そこで代表してペテロとパウロに何が生じたのかを考えてみましょう。この伝承では最初にペテロが体験して、それが他の弟子たちにも伝搬したとあります。弟子たちにとっては全てをイエスにかけていたので、その死は絶望以外の何ものでもありません。しかもペテロは殉教を公言しながら、結局パニックになり見捨てて逃げました。これが二重三重の負い目になり自らを苦しめたことでしょう。ペテロが再びイエスを見たと思えたのは、そこに「裁き」ではなく生きてゆけとの「赦し」を見たからに他なりません。そうでないと立ち直れなかったでしょう。復活のイエスとの対話(ヨハネ22:15以下)は、彼のその内的葛藤が元になっていると思います。
一方でパウロの体験はどうでしょうか。彼はイエスとは面識もなく、その無残な死を噂で知る程度だったと思います。そのイエスをメシアと信仰する教会が絶対に赦せませんでした。しかし十字架にかかったイエスの惨めな姿がパウロに見えたことで、彼の神への理解が逆転しました。つまり人は弱く不完全なままで神に肯定されるということです。自らの矛盾に苦しんでいたパウロはそれで救われたのではないでしょうか。
このように、ペテロとパウロは立場を全く異にしますが、彼らの復活体験で共通するのは自らへの肯定と赦しだったと思われます。夫々自分の存在意義を見失っている中で、それでもいいから生きてゆけというメッセージを受け取ったのではないかと思います。私たちも彼らほどの体験でなくても、そういう気付きがあるのなら、それはパウロが言うように「キリストがわたしの内に生きておられる」(ガラテヤ2:20)ということではないでしょうか。
(牧師 藤塚聖)
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2024年4月7日(日)10:30~
聖書 ルカによる福音書23章39~43節
説教 「キリストの教会の本質」
牧師 藤塚 聖
本日はイースター後第一主日ですが、もう一度十字架刑の場面についてお話しします。イエスは自らを悔いている犯罪人に対して「今日わたしと一緒に楽園にいる」と約束しました(43節)。ルカは「悔い改め」を救済の条件と考えているので、前回はそれを問題にしました。私は聖書の中心は「万人救済」と理解しているので、ルカには批判があります。しかし、ルカだけでなく聖書には救済について条件や選別の要素も確かにあります。だからその中で何が本質なのかということなのでしょう。私は自分たちだけが救われることに問題を感じない信仰は不健全だし、そのような二元論はカルトと変わらないのではないかと思います。それ故に、イエスの十字架上の約束は一人の犯罪人だけでなく、皆に語られるべき言葉だと思っています。
そう考えるきっかけの一つがカール・バルトの「イエスと共なる犯罪人」という説教です。通常なら、教会はイエスの死後に12弟子たちを中心に成立したと考えられていますが、バルトはこの十字架の場面こそ最初のキリスト教会だと言います。何故なら、教会とはイエスが共にいて、その約束を直に聞くところだからです。確かにこの場面では、犯罪人はイエスと共に十字架に繋がれています。イエスと同じように捕まり、死刑判決を受け、処刑されています。彼らの意志ではないけれど、イエスと同じ運命をたどっています。弟子たちがイエスを見捨てて逃げ去り、否認して離れて行ったのとは対照的に、犯罪人はイエスと切っても切れない関係にされました。だから弟子たちは後からこの確かな教会に繋がれたに過ぎません。「キリストと共に死んだら、共に生きることになる」(ローマ6:8)という言葉通りに、彼らの意志を超えて、彼らは最初のキリスト教会になったというわけです。
教会とはこうだという定義にあてはめると、二人の犯罪人がまさにそれに該当するので、彼らこそ教会だという三段論法です。かなり強引で驚きの内容ですが、教会や信仰というものを狭く考えないで、普遍的な広がりの中でとらえることを教えられました。こうなると、犯罪人の一人が救わ
れて、もう一人は救われないという話では全くないのです。私たちは信仰者とはこうあるべき、教会とはこうあるべきと教えられてきました。しかしバルトが言うのは、こちら側の事情とは全く関係なく、私たちの意志や理解を超えて、神の側で何がなされているかということです。つまり神の「絶対的な恩寵」です。そもそも私たちはイエスキリストをよく分かっているとは言えません。それなのに不思議にも教会に繋がれています。またその私たちを通して教会を知っている人たちも、もしかすると教会の一部にされているのかもしれません。そう考えるなら、この世界全体がキリストの教会であると言っていいのかもしれません。
コップの中の狭い世界ではなく、もっと大きな広がりの中で教会や信仰を考えることは、私たちを解放して大きな勇気を与えてくれます。
(牧師 藤塚聖)
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2024年4月14日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書1章40~45節
説教 「イエスの憤り」
牧師 藤塚 聖
福音書を読むと、イエスが病人に対する偏見や差別とずっと闘ってきたことが分かります。この度も、イエスは重い皮膚病を患っている人を治しました。しかし何故か、ずっと苛立って怒っている様子が記されています。イエスは「深く憐れんで」(41節)、その人に触れたとありますが、有力な写本では「怒って」となっていて、その方がその後の「厳しく注意して」(43節)にうまくつながるようです。憐れむと怒るとでは真逆な印象になりますが、もし怒ったのなら何に対してだったのでしょうか。
一つ考えられるのは、この病人の態度でしょうか。イエスへの懇願が回りくどいのです。「どうか治してください」ではなく、本当にできるのならみせてくださいというニュアンスです。本心からの信頼ではなく、イエスが宗教的な穢れを認めないのを疑っていることになります。だから頭にきて、穢れなど存在しないことの証明として、皮膚病に直に手を擦れたのでしょうか。
それにしても、当時恐れられた皮膚病に直に触れるとは凄いことです。経験的にらい病ではないと判断したのでしょうか。らい病なら感染して大変なことになります。それとも自分の治癒能力を信じていたのでしょうか。キリスト教の「救らい運動」を批判的に研究した荒井英子さんは、著書「弱さを絆に」の中で、自分の体験を記しています。あるハンセン病療養所を訪問したとき、そこの喫茶店で大好物のお汁粉が喉を通らなかったこと、入所者から貰ったケーキを自宅に持ち帰れずに、途中の駅で捨てたこと、頭では分かっていても体が拒否したと、自分の中の偏見と恐怖心を正直に告白しています。その点では、イエスは全く恐れていなかったことになります。
イエスはこの人をせっかく治してあげたのに、すぐにきつく叱りつけて追い出しました(43節)。皮膚病患者は外出を禁じられているのに、出て来たことへの苛立ちかもしれません。そしてすぐに祭司に見せて、治癒の証明をもらえと指示しました(44節)。律法では、祭司が皮膚病患者を診断して、汚れているか清くなったか判断すると決められています(レビ記13章)。また清くなったとしても、それに伴う煩雑な儀式と、多額の費用のかかる奉納物が必要でした(同14章)。治癒したか否かの診断は1週間ごとに行われ、結果が良くないとそれが延々と続きました。レビ記の規定を現代の私たちが読むと、治癒の証明は必要かもしれませんが、そのための儀式は意味不明でまったく無駄に思えます。この意味不明で無駄なことが神殿の膨大な富となっていました。
当時の社会においては、祭司の証明と儀式は病人の社会復帰に必要だったと思います。それを経なければ周囲に受け入れられないでしょう。イエスは批判をもちながらも、それを無視できないことに大きなストレスがあったのかもしれません。怒ることがいけないのではなく、むしろ矛盾や不条理に何も感じなくなることが駄目なのだと思います。
(牧師 藤塚聖)
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2024年4月21日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書2章1~12節
説教 「あなたの罪は赦される」
牧師 藤塚 聖
教会では人間の「罪」ということが多く語られます。人間には根源的な罪があり、それが赦されなければ救われないというわけです。しかしイエスにはその考えはありません。従って教会はイエスより洗礼者ヨハネの考え方を引き継いでいると言えます。パウロもイエスではなくヨハネの立場に近いのではないでしょうか。
さてイエスは中風の人を治す際に、「あなたの罪は赦される」と明言しました(5節)。罪の赦しと癒しをセットのように思い込んでいましたが、これは例外的であって他にはありません。治りにくい難病は、罪を犯したせいと見なされました。本人も周りも皆そう信じ込み、それが病気をますます悪くしました。病人は原因である罪を取り除くために、何度も神殿に供え物をして祭司に祈祷してもらったことでしょう。しかし良くなるはずがありません。
中風は神経の麻痺なので、自力で起きることも歩くことも出来なかったと思われます。そこで仲間たちが床のままイエスの元に連れてきて、屋根をはがしてつり下ろし(4節)、とにかく必死だったのでしょう。そこでイエスは相手に合わせて、「罪は赦される」と宣言しました。何でもかんでも罪のせいと思う社会の中では、そんなものは存在しないと言っても通じないからです。そしてその上で、「家に帰りなさい」と言って、この人の麻痺を治したのでした(11節)。本当に治ったかは分かりませんが、評判の人物が威厳に満ちて「罪は赦される」と宣言するのだから、本当に罪が消えて治ったと思っても不思議ではありません。
律法学者にとっては、イエスのやったことは神への冒涜になります。人が罪を赦すことはできないからです。しかしイエスは人が罪を考えたのだから、人がそれを否定できると反論したのでした(10節)。
このことを私たちの問題としてみるとどうでしょうか。教会の教えはほとんど「罪」を前提にしています。これはパウロの影響が大きいと思います。彼は律法順守により罪を克服できると考えていました。しかし内面の矛盾に苦しんだ末に、キリストの真実により義とされる、つまり救済され
ると考えるに至りました。いわゆる「信仰義認」です。これ自体は一歩前進なのですが、それでも人は「何かによらなければ」赦されないという発想は変わっていません。つまりパウロにとって人間とは、罪の故にそのままでは赦されない存在なのです。
これが私たちの信仰を縛っている原因ではないでしょうか。例えば正しい信仰をもたねば、洗礼を受けねば、クリスチャンでなければ、本当には罪が赦されないという不安です。しかしイエスの教えでは、罪など元々存在しません。逆に人は本来最初からその存在を赦され、肯定されているということです。「あなたの罪は赦されている」というイエスの言葉を心に刻みたいものです。
(牧師 藤塚聖)
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2024年4月28日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書2章13~17節
説教 「義人と罪人」
牧師 藤塚 聖
ユダヤ人社会では「律法」が全ての基準でした。それは社会的な規範であるだけでなく宗教的なものでもあったので、反すると宗教的に穢れた「罪人」とみなされました。守る人は「義人」というわけです。しかしイエスは神の関係において人は同じであることを教えています。
罪人とされた代表格が徴税人で、最も忌み嫌われていました。通行税や関税を扱うので、外国人との接触が避けられないからです。また敵国ローマのために徴税したので、警護が必要なほど憎まれました。そういう仕事をしているレビという人に、イエスはわざわざ声をかけて、その家で一緒に食事をしたのでした(14節)。
律法に厳格なパリサイ派の律法学者は、穢れた罪人たちと一緒に食事するイエスを非難しました(16節)。それに対して言ったのが「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」という言葉です(17節)。イエスは罪人の仲間になることにより、義人と罪人という区別を否定したのでした。神との関係において、人は例外なくみな神の子だからです。
この重要なことを他の福音書はよく分かっていません。ルカは、「罪人を招いて悔い改めさせるためである」と修正しています(5:32)。これでは罪人であることが前提としてあり、義人に変わらねばならないということになります。マタイでは、「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」(9:13)というホセア書の言葉が引用されていて、罪人は憐れみの対象になっています。義人が罪人を上から見下ろす構図です。つまりルカもマタイも、罪人と義人という区別を前提にしており、イエスの考えとは真逆なのです。それに影響されて私たちも、イエスは罪人の私たちを救済するために来てくださったのだと、この話を短絡的に読んでしまうのです。
この話のポイントは、罪人と義人というように、人を宗教的に区別することの無意味さを、イエスが行動で示したということでしょう。神との関係においては人に区別はありません。しかし当然ながら現実社会においては正しく生きる人とそうでない人はいます。でも正しく生きるか否かによって、神との関係が変わるわけでありません。本質と現実を混同してはいけません。現実がどうであれ、それで本質が変わることはないからです。しかしだからと言って、正しく生きること自体が無意味であるはずがありません。
人は最初から神の子なのですが、間違いを犯すし失敗もします。完全ではないので当然問題も沢山あります。それを踏まえた上で、反省しながら問題を解決していけば良いのです。神の子であっても、元々不完全であることを赦されているのではないでしょうか。神の子としてそれに相応しく生きたいものです。
「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである」(マタイ5:45)
(牧師 藤塚聖)
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2024年5月5日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書2章23~28節
説教 「全ては人のために」
牧師 藤塚 聖
イエスとパリサイ派の論争をみると、夫々何を重視しているかがよく分かります。パリサイ派は安息日規定という形式を重んじるのに対して、イエスは人が生きることそのものを重んじているで、議論が全くかみ合わないのです。
きっかけは些細なことでした。イエスの弟子たちが麦の穂を歩きながら摘んで食べるのを、パリサイ派が見ていて、安息日に禁止されている労働にあたると文句を言いました。ちょっと麦を摘んで食べることを労働と見なすのは、普通に考えればあり得ないことです。しかし彼らはそこにこだわるのです。彼らが問題にするのは、弟子たちが他人の麦畑から勝手に摘んだことではなく、それが安息日だったことです。
一方で、他人の作物を少し拝借することは、一時的な空腹を満たすためなら、律法でも認められていました(申命記23:26)。だからイエスは旧約のダビデの故事を用いて、弟子たちの行動を擁護しました。ダビデはサウル王に追われた時、祭司に頼んで、祭司以外が食べてはならない供え物のパンを食べたのでした(サムエル記上21章)。人が飢えている時は、例外的ではあれ、それが許されるというわけです。イエスにとっては安息日の禁止規定より、人の命の方が優先します。そこがパリサイ派のこだわる点と大きく違うところでした。人の作った規定が優先するか、人そのものが優先するかということです。
そのことをはっきりさせたのが「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」(27節)という言葉です。全ての制度は人の手によるものなのだから、人がその制度の上にいるのだということです。至極当たり前でも、律法が神聖不可侵である時代においては、思っても口に出来ないことだったでしょう。マタイとルカはこのイエスの大胆な発言にしり込みしたのか、ばっさり削除してしまいました。自分の教会にいるユダヤ人信徒の反発を恐れたのでしょうか。イエスは続けて、だから一人の人間である私は、安息日規定よりも上にいる者として行動しているのだと語りました(28節)。
最後に私たちの問題として考えてみましょう。法律や制度は、人がより良く生きるために設けられました。そこにズレが生じて来たなら変えていくのは当たり前のことです。時代に合わないものに、無理に自分を合わせる必要はありません。信仰についても同じことです。
イエスが言っているのは、人は何にも縛られない自由な存在であること、それと同時に自律する存在だということです。もし教会のドグマが自分を本当に幸せにしないなら、それに無理に合わせる必要はありません。その代わりに、自分に合うものを探せばいいのです。それはドグマより私たち自身が上にある存在だからです。逆に、律法やドグマに従っていれば、縛られることで安心するかもしれません。従うことで自分の正しさが保障されるようにも思えます。しかし本当の自由ではありません。だから最終的には、心から納得できるものを自分自身で選び取るしかありません。そしてそれが人間本来の姿だと思います
(牧師 藤塚聖)
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2024年5月12日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書3章1~19節
説教 「受けること、与えること」
牧師 藤塚 聖
病人の癒し(1以下)と、12弟子の指名(13以下)を続けて読むと、イエスは非常に忙しかったと予想できます。癒しを求めて各地から大勢の病人たちが押し寄せるので(8節)、手が回らず、助け手となる12弟子を指名しました。忙しくて休む間もなかったことは、「人の子には枕するところもない」(ルカ9:58)という言葉にも表れています。度々群衆から離れて山で祈っているので(6:46他)、一人になる静かな時間を必要としたのではないでしょうか。
本題に入る前に、幾つかコメントします。パリサイ派とヘロデ派にとっては、「善を行うこと」と「命を救うこと」(4節)よりも安息日の労働禁止が絶対的なことでした。それに異を唱える者は抹殺されるのです(6節)。これが宗教の怖さであり、硬直した信仰は命を救うどころか殺すものでしかないことがよく分かります。また、何故イエスは悪霊に「自分のことを言いふらさないように」と叱りつけたのかは意味不明です(12節)。現代人にはピンときませんが、古代において悪霊の力を削いでやっつける方法のようです。
さて、イエスは正しい人ではなく罪びとを招く(2:17)ことを自分の使命としました。今で言う「社会的少数者」の側に立つということです。その考えはどこから来ているのでしょうか。ある時の律法学者との対話で、神を愛することと隣人を愛することが語られました(12:29以下)。それによると、神を愛することは、すなわち隣人を愛することと重なってきます。そしてイエスにとっての隣人は、身近にいる社会的少数者だったということでしょう。
イエスの働きは現実的には私たちには困難です。現代では医師、セラピスト、ケアマネジャーのような働きかもしれません。これらは仕事として成立しますが、そうでないなら生活の殆どの時間と労力が費やされます。たとえば家族の介護にしても、個人の頑張りには限界があり、社会全体の課題として考えるべきです。介護に多くを費やした人は、本当に自らの人生を生きたのか心配になります。
しかしその一方で、時間も労力も全て自分の為に使ったならどうでしょうか。自分が百パーセントならそこに他人は存在しません。しかしそれで幸せかは疑問です。人の幸福とは人との関わりの中にあると思うからです。そう考えると、イエスの姿は究極とはいえ、自分のことに汲々とする私たちに、真逆のものを示しているように思います。
よく言われるのが、助けていると思っていた自分が実は相手から助けられていたという話です。知らない内に相手から多くのエネルギーをもらっているということです。人間の関係性とは不思議なもので、与えることで受け取り、受けることで与えていることがあります。あれほど大きな働きが出来たのは、イエス自身も相手から大きなエネルギーを貰っていたからかもしれません。
(牧師 藤塚聖)
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2024年5月19日(日)10:30~ ペンテコステ礼拝
聖書 マルコによる福音書15章33~41節
説教 「教会のなりたち」
牧師 藤塚 聖
前回は、イエスが12人の使徒を選んだことに触れました(3:13以下)。イエスの周りには女性の協力者も沢山いたのに、男性に限定されているのは不自然に思えます。12人のリストは、男性中心の教会の中で後から作られたものなのでしょう。
教会のなりたちを考える時、シモンの姑の話(1:29以下)は貴重な証言と言えます。姑は熱病が治るとすぐにイエスの活動を手伝ったとあります。「もてなした」(31節)は接待や給仕ではなく「仕える」という弟子の働きを指す言葉です。だからこれはイエスの活動の最初期から、熱心に仕えていた女性がいたことを表しています。つまりシモンとアンデレ、ヤコブとヨハネという男性の弟子の他に女性の弟子がいたということです。古代ユダヤ社会では女性や子供は数えられない中で、正式にグループの一員になっているのは画期的なことです。イエスの集団ではそれが許されていたのでしょう。そして彼女らを中心として、弟子の集団は最終的には数十人の集まりになっていたと思われます。
そして最後にイエスの処刑を見守っていたのも、男性の弟子ではなく女性たちでした(15:41)。そこにいた大勢の女性たちの中で、3人の名前が記されています。マグダラのマリアはイエスに悪霊払いしてもらった人です(ルカ8:3)。小ヤコブとヨセの母とはイエスの母マリアであり、サロメはヤコブとヨハネの母親(マタイ27:56)です。ペテロを始め男の弟子たちがみな逃げてしまった後でも、彼女たちはエルサレムに踏みとどまって、イエスの処刑を最後まで見守り、埋葬に立ち会い(15:47)、そして油を塗りに墓を訪ねているのです(16:1)。このことはいくら強調しても、し過ぎることはないでしょう。
マリアとサロメの関係は、息子が惨殺された母と、それを見殺しにした者の母という関係です。そこを不問にして互いに信頼関係を築いていたのではないでしょうか。そのような下地があったからこそ、逃亡した弟子たちはエルサレムに戻ることができたのです。留まっていた女性たちも、あのイエスの母マリアとサロメが裏切った男たちを赦して受け入れるのだから、自分たちもそうしようという気持ちになったのではないでしょうか。そうでないと、弟子たちが戻って来て何を言ったところで、信頼されることはなかったでしょう。
使徒言行録2章には、弟子に聖霊が下り、ペテロが立派な説教をして、教会が始まったとありますが、これはルカの理想が語られているのであり、綺麗ごとにすぎません。現実はもっと人間臭いところで、人間同士の関りの中で教会が生まれたのではないでしょうか。逃げた弟子たちを、無条件に赦して受け入れた大勢の女性たちがいたからこそ可能だったということです。だから教会は女性たちから始まりました。従って聖霊の働きというのは、天から突然降ってくるようなものではなく、人間同士の中に働く相互作用なのではないでしょうか。
また、後の教会は男性主導となり、力関係が逆転して、このような女性の働きが歴史から消されていきました。それでも聖書の中に、その痕跡が僅かなりとも残されているのは幸運なことです。
(牧師 藤塚聖)
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2024年5月26日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書3章20~30節
説教 「決して赦されないこと」
牧師 藤塚 聖
ロシアのウクライナへの侵攻が始まって2年半になります。それが契機となり、中立だった北欧の二か国が昨年の4月と今年の3月にNATOに加盟しました。フィンランドよりスエーデンの加盟が難渋したのは、トルコが執拗に反対したからです。今年スエーデンでコーランが焼かれる事件が起こり、交渉中であったトルコの態度が益々硬化するかと心配しましたが、加盟は無事承認されました。
ヨーロッパではしばしばイスラム諸国の怒りを買う事件が起こります。ずいぶん前には、デンマークの保守系新聞がモハンマドの風刺画を掲載して、デンマークの在外公館が放火される事件にまで発展しました。欧州側は、気に入らない考えに対しても耐えるのが寛容だと主張し、イスラム側は表現の自由の価値を認めつつも、侮辱は許されないと主張しました。人間の権利と自由を認めつつ、それでも絶対に許されないことは何か考えさせられました。
さて、イエスは30才位で家業と家族を捨て、宣教活動を始めました。身内の者や家族は、イエスがおかしくなったと思い、何度も取り押さえにやって来ました(21節、31節)。仕事を辞めて家を出たことも心配ですが、それ以上に被差別者と食事をしたり、病気治癒や悪霊払いをしていることが全く理解できなかったのです。
律法学者がそれに便乗して、イエスは悪霊の頭であるベルゼブルに取りつかれており、その力を利用して子分の悪霊払いをやっていると非難しました(22節)。それに対してイエスは、悪霊が悪霊を追い出すことはできないし、自分は悪霊ではなく聖霊の力によって活動していると反論したのでした(26節以下)。
イエスは自分の活動を悪霊よばわりされたことに対して、はっきりと「否」を突き付けました。それが、人の犯す罪は何でも赦されるが「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されない」という強い言葉です(29節)。というのも、イエスは聖霊に満ちて神の無条件の愛を語り、社会的少数者への偏見や差別と闘ってきました。それにもかかわらず、その活動を律法学者は悪霊の仕業として全否定したのです。それは聖霊に満ちたイエスの活動を冒涜することであり、絶対に認めることはできませんでした。
人というものは、不完全だから間違えもあるし大きな過ちも犯します。それは赦してもらうしかありません。しかし他が赦されたとしても、ただ一つ人間の尊厳を否定することだけは絶対にあってはならないというのが、イエスの言いたかったことではないでしょうか。一般論としても言われているように、「人には全ての自由がある、しかし唯一出来ないこととして、相手の自由を否定する自由だけはない」ということと重なるように思います。
イエスのこれらの言動から教えられるように、人はみな例外なく神に無条件に赦され肯定されていること、そしてそれは絶対に否定できないということを、忘れてはならないでしょう。
(牧師 藤塚聖)
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2024年6月2日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書2章1~12節
説教 「思考停止からの脱却」
牧師 藤塚 聖
3月に某委員会から説教の原稿依頼があり、今回の聖書個所の説教を提出しました。しかし残念なことに内容が相応しくないため不採用となりました。そこでその理由について考えてみたいと思います。説教の内容は、イエスは「罪人」と「義人」という考え方を否定したというものです。イエスは律法主義を批判して、罪を問題にしませんでした。だから中風の人に対しても、「あなたの罪は赦される」(5節)と言うことができたのです。それに対して、パウロは「罪」と「義」という発想の中で信仰を考えています。従って両者は明らかに違うのです。
不採用の大きな理由は、違いがあっては困るということではないかと思います。パウロは後の教会に大きな影響を与えており、キリスト教の基本は彼の教えが中心になっていると言えます。それなのにパウロの教えはイエスの考えとは違うとなると、そこに矛盾が生じてしまいます。私たちの心情としては、パウロはイエスキリストを完全に理解して、きちんと体系化して、正しく証言していると思いたのですが、現実は違っています。だからそこから目をそらすのではなく、違いを違いとして理解した上で、そこから学ぶことが正しいのではないかと思います。
逆に、違うものを違いがないかのように説明するのは至難の業です。そのためには、矛盾を覆い隠すために論点をずらしたり、本質は同じだとして胡麻化すしかありません。
聖書の中には、パウロを含めて筆者の数だけ様々な信仰理解が記されています。それはキリストを証言する点では同じでも、水と油くらい違いがあり玉石混交です。場合によっては完全に対立するものもあります。それを無理に調和するのではなく、その違いをどう考えるのか、何に違和感があり、何に共感するのか、きちんと自分で考えることが重要なのではないでしょうか。
既に述べたように、イエスとパウロでは「罪」の考え方に違いがあります。しかし「贖罪論」を重視する人にとって、イエスが「原罪」を否定しては困るのです。それは贖罪論が原罪を前提として成り立っているからです。しかし贖罪論も聖書の中の多様な思想の一つに過ぎず、それ一択で考えることに無理があるのではないでしょうか。
聖書の中に相互矛盾はないし、イエスとパウロに違いはないと思いたいのは、保持した信仰を見直したくないからかもしれません。見直すことにより信仰が揺らぐのを恐れるからです。しかしそのような思考停止は本当には神を信頼していない証拠ではないでしょうか。神の不変の愛を信頼するなら、自分が変わっても何も怖くないはずです。
日本初の女性弁護士、三淵嘉子さんを描く朝ドラ「虎に翼」の作家吉田恵里香さんは、このドラマに、主役もわき役も自分の人生を生きていることをメッセージとして込めたと言います。そして生きるとは考え抜くことだと。聞くところによると、高齢になっても考える能力は衰えないそうです。私たちも信仰において思考停止になるのではなく、考え抜く人でありたいと思います。
(牧師 藤塚聖)
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2024年6月9日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書3章31~35節
説教 「家族とはなにか」
牧師 藤塚 聖
イエスは30才位で急に宣教活動を始めました。身内や家族は、そのことを全く理解できずに、気がおかしくなったと思ったようです(3:21)。イエスはそれにがっかりしたのでしょうか。家族が呼び戻しに来たとき、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と突き放して(33節)、彼の周りに座っている人たちこそ家族だとして、「ここに私の母、わたしの兄弟がいる」と言いました(34節)。若い頃の私は、イエスも薄情なことを言うものだと思いましたが、家族の難しさが分かる年齢になってからは、そういうものだと思うようになりました。
それにしても、イエスの真意はどこにあるのでしょうか。一つの見方は、イエスの家族に対する批判が語られているというものです。彼らは古い生き方の中に留まっていました。特に弟のヤコブは、後にはエルサレム教会のトップになりますが、あくまでも律法にこだわり(言行録15:20)、かなり権威主義的な人物だったようです(ヨハネ4:38)。それをイエスが分かっていたなら、距離をとるしかないし、すぐには理解し合えないと思っていたかもしれません。
別の見方としては、イエスの言葉の通り、血縁関係の家族を超える「神の家族」を語っているというものです。これはイエスの言葉であると同時に、福音書を書いたマルコの教会の姿でもあったようです。つまりマルコの教会には信仰の為に家族を捨てた人が多くいて(10:29)、教会では信者同士が家族のような関係を作っていたということです。それにしても、私たちには、このイエスの言葉をそのまま自分に当てはめるのは難しいと思います。
精神科医の斎藤学氏は、「共依存」や「アドルトチルドレン」という概念を日本に紹介した方です。著書「家族という名の孤独」には、夫婦や親子が依存し合いながら孤独である病理を、数々の症例で紹介しています。それによると、家族が非常に危うい関係で成り立っていること、また子供の人格形成に及ぼす影響の大きさを改めて教えられます。
ある説教者は、イエスは恵まれない青年期を送ったと言います。そしてそれを受け止めてどこかで突き抜けたと。確かにイエスは若死にした父に代わって、稼ぎ頭として一家を養ったことでしょう。その間苦労も多く、ずっと負い続けた重荷を克服した後に、「神の家族」のイメージが与えられたと思います。この説教では映画「愛を乞う人」(下田治美原作)にふれて、実母から凄惨な虐待を受けた娘が大人になり、老いた母を訪ねることで、自分の生きた時間を突き抜けることが語られます。イエスの言う「神の家族」とは、実の家族とは別の本当に信頼できる人の存在のことでしょうか。それがあれば、壊れた家族でも受け止められるということかもしれません。
いずれにしても、イエスは「家族幻想」からの解放を語っていると思います。家族が全てではないし、関係が良くなくても、いい距離感とスタンスを探しながらやっていけばいいのではないでしょうか。家族にも血縁にも囚われない多様な生き方があることを教えられます。
(牧師 藤塚聖)
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2024年6月16日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書4章1~9節
説教 「蒔かれた種のたとえ」
牧師 藤塚 聖
イエスは弟子や庶民に教えるとき、多くを「たとえ」で語っています。数えると40位あるようですが、何故たとえなのでしょうか。道徳や教訓だと受け入れるしかありませんが、たとえだと聞いた人がそこから自由に答えを見つけられるからでしょうか。
たとえ話は隠喩、直喩、例話、寓喩に分類されます。隠喩は例えているものが分からない話、直喩は例えが明示される話、寓喩は隠喩が連続する話で「ヨハネ黙示録」はその典型です。イエスが用いたのは隠喩であり、何が例えられているか分からない形になっています。それなのに、13節以下では、イエス自身がそのたとえを解説したことになっています。しかしそれだと隠喩の意味がないので、この解説は後の教会の解釈ということになります。
その内容からは、イエス後の教会の宣教活動が困難であったことが想像できます。ユダヤ教の一派として始まった教会は、偏狭なユダヤ教徒から激しく迫害されました。そこで教会は挫折したり解散することもあったでしょう。閉鎖的になり社会からの孤立も考えられます。このように実を結ぶ場合より、結ばないことの方が強調されているよう読めます。だから最後には、その困難な中でも信仰を保ち続ければ「百倍の実を結ぶ」(20節)と励ます必要があったのでしょう。
それに対して、3節以下のイエスのたとえ自体は、別のことを言っているように思います。それは誰もが思い当たる身近な自然現象です。相当ひどい場合は仕方ないとして、そうでないなら種は必ずたくましく育ちます。つまり種の持つ生命力は、多少失敗があったとしても、畑において人が思う以上に豊かな実りをもたらすということです。
この当たり前の現象から、話を聞いた人は何を思うでしょうか。イエスの周りにいた人たちは、たいてい生活困難で、何かを求めて来た人たちでした。今の生活に不安があるのです。解説のように、鳥はサタンで、茨は富や欲望のことであり、石地に落ちた種は誰のことか、良い地に落ちた種は誰のことかとは思わなかったでしょう。
イエスは、ごく単純に、苦労して生きている人たちを励ましているのだと思います。種に宿っている生命力にたとえて、生きることを後押ししているのではないでしょうか。人生には色々あるし、挫折や失敗があっても、人生における実りは思っているより豊かだということです。
またそれは「神の国」に関係しているようです(26節、30節)。「神の国」とは、「神の支配」とか、神が私たちを導いていることを指しますが、それは人の理解を超えて隅々まで及んでいるということです。だから無駄や失敗や挫折に見えることも含めて、神は人の人生に大きな実りをもたらしてくれるのでしょう。よく「人生に無駄なものは一つもない」とか「全てのことに意味がある」と言われますが、イエスの語っていることはそういうことかも知れません。
(牧師 藤塚聖)
2024年6月23日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書4章13~20節
説教 「イエスと後の教会」
牧師 藤塚 聖
イエスが例えを用いるのは、聴いた人が自分の答えを見つけるためだったと思います。もし最初から答えを教えられたなら、もうそれ以上考えることはないし、それは自分の血肉にはならないでしょう。先日の朝日新聞「折々のことば」で、社会学者の大澤真幸氏の言葉が紹介されていました。大事なのは問いを立てることであり、良い先生とは正解を教える人ではなく、良い問いを立てさせる人だとありました。きっとイエスは良い先生だったと思います。
蒔かれた種の例えは、農夫が畑に種を蒔き、悪条件の種は上手く育たなくても、そうでない多くの種は豊かに実を結んだという話です。イエスは苦労して生きている人たちに、人生で失敗や挫折があっても最後は豊かな実りがあると励ましているように思います。
13節以下の話は、この例え話に対する後の教会の解釈です。教会は信者に向けて、困難や障害があっても信仰を保持することを勧めています。挫折しないために、サタンに負けるな(15節)、信仰を深めよ(17節)、この世の事柄に心奪われるな(18節)、と叱咤激励しているようです。
このように、イエスと後の教会とでは、テーマが異なっていることが分かります。イエスが単純に聴衆を励ますのに対して、教会は組織の保持やその教えに意味をもたせることを重視します。しかしこの両者の違いは仕方がないかもしれません。イエスは神に忠実に生きたけれども、最後は権力により処刑されました。だからイエス後の教会はそうならないために、異なる方法をとらなければならないのです。
伝統的な「イエス伝」は「聖者伝説」の域を出ませんが、最近の「イエス論」はあくまでも人間イエスを論じてその限界まで指摘しています。そこに共通するのは、イエスは権力により潰されたが、私たちは潰されないでどう克服するかという問題意識です。いずれにしても、私たちは完全にはイエスのように生きられないのだから、そこをどうするかということなのでしょう。
以前から、私はパウロのイエスとの違いを批判してきました。しかし見方を変えることにしました。パウロはイエスに倣うというより、イエスキリストの存在の意義を、すでにある自分の信仰の中に抽象的に取り込んだと思います。彼はイエスと面識はないし、ユダヤ教の限界の克服が自らの関心事だからです。だからイエスの言動とは異なりますが、それにより宗教として広く社会に受け入れられたのでしょう。つまりイエスの言動に純化されていないからこそ、歴史の中で存続できたのではないでしょうか。多くの異質なものを含んではいますが、キリスト教という巨大で複雑な実態の中に、イエスの福音は確かにあるのだから、それを私たちは見極めていけば良いのだと思います。
パウロとはまた違った意味で、私たちもイエスの言動そのものを生きることはできません。だから自分の限界の中に、どのようにイエスの福音を受け入れていけるのかが私たちの課題なのでしょう。
(牧師 藤塚聖)
2024年6月30日(日)10:30~
聖書 マルコによる福音書4章35~41節
説教 「なぜ怖がるのか」
牧師 藤塚 聖
弟子たちの乗った舟が嵐に遭い、イエスがその嵐を鎮めたという話は、福音書の中で有名な話です。ガリラヤ湖は何北20キロ、東西12キロで、霞ケ浦より少し小さな湖です。ただし海抜が212メートルなので、死海ほどではありませんが相当低い所にあり、周りが高くてすり鉢状になっています。そのために気温の変化によって、山から湖面に吹き下ろす突風が頻繁に起こったようです。
イエスの乗った舟も運悪く嵐に巻き込まれるのですが、その奇跡的な力によって助かりました。この話はガリラヤ湖周辺の住民の間で、噂として伝えられたようです。その過程でイエスの奇跡的な力が強調されることになりました。古代では、天候など空気の動きは、霊が騒ぐためと考えられました。それで同じように、霊が騒ぐ精神疾患をイエスは黙らせたのだから、嵐でも静めることができると思われたのです。
古来、教会は嵐の中の小舟にたとえられました。舟も教会のシンボルの一つになっています。この話を伝えたマルコとその読者は、迫害の中にある教会が小舟のように沈みそうになりながらも、イエスが共にいてくれると信じて、勇気をもらったと思います。「なぜ怖がるのか、まだ信じないのか」(40節)というイエスの言葉を、自分たちに対する叱咤激励として受け取ったことでしょう。
この話を神学者のカール・バルトは違う角度から解説しています。バルトによると、小さな恐れではなくもっと大きな本質的な恐れについて考えるべきだというのです。舟の上の弟子たちは、みな不安と混乱の中にいました。漁師の経験は役に立たず、頼りのイエスも眠って当てにならず、舟の転覆をただ恐れました(38節)。しかしそれらは小さな恐れでしかなく、最終的には、イエスに対する大きな畏れにより払しょくされたということです(41節)。
かなり強引な説教ではありますが、教えられる点もあります。私たちにとって本当に恐れるべきことは何かということです。確かに私たちは、将来のことや健康など様々な恐れを抱えて生きています。しかしもっと深刻なことは、自分の存在根拠を見失うことだと思います。生きる上での「核」というか、それを見失うことが最も恐れるべきことだと思うのです。それに比べると、他はどんなに深刻であっても些細なことなのでしょう。私にはこれがあるから絶対に大丈夫といえるものが、イエスの言う「信仰」なのだと思います。
昨日は、がん哲学外来カフェ合同講演会がありました。講師の樋野興夫先生は本当に泰然自若としていました。何があっても必要以上に気にしない、自分で制御できないことは気に病まない、人はいずれ死ぬと語りました。イエスのように、「なぜ怖がるのか、まだ信じないのか」(40節)と言っているようでした。そして天国にいる尊敬する先輩たち、新渡戸稲造、内村鑑三、南原茂等々の先生方とカフェするのが楽しみとのことでした。きっとご自分の存在の根拠を確かに持っているのだと思います。見習いたいものだと思いました。
(牧師 藤塚聖)