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​過去の礼拝説教集2026年1-6月

2026年1月4(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書6章31~34節

 説教 「神の正義を求めよ

 ​牧師 藤塚 聖

 

 今年最初の礼拝なので「平和」について考えたいと思います。今現在も世界各地で戦いが止まず停戦が模索されています。平和を願う思いはみな同じなのに、その実現は簡単ではありません。私の考え方は「絶対平和主義」に近いです。問題があれば徹底的に話し合いで解決すべきであり、憲法第9条の意義を疑うことはありませんでした。しかし今や、非武装で無抵抗では人の理解を得られないでしょう。どうしても自衛のための武力や抑止力は必要だとなります。普通の人の不安に答える平和論とはどういうものなのでしょうか。

 教会はこの問題をどう考えるのか、信者の間でも意見が割れるところです。イエスの言動から考えるなら、愛敵、非暴力、無抵抗ということになります。従って平和実現のためとはいえ、少しでも暴力を正当化するのなら、それはもう平和ではないのです。

 本日の個所に、「神の国と神の義を求めよ」(33節)とあります。ルカでは「神の国」だけで「神の義」はないので(12:31)、マタイがこだわって付加した言葉です。マタイにとっては、「神の義」が実現していることが「神の国」なのでしょう。神の「義」とは、英語の聖書では神の「正しさ」です。一方で中南米の聖書では明確に神の「正義」と翻訳されています。かつて独裁政権や軍事政権の下で不正がまん延する社会において、「正義」の実現を目指して生きることを、イエスの励ましととらえました。イエスが不正と闘ったのだから、それに負けることなく懸命に生きるということです。

 ここで一つのエピソードを紹介します。米国に留学した友人が本の中で書いていました。米国に米国合同教会という革新的な教会があります。この教会は2001年の同時多発テロに際してすぐに宣言文を発表しました。米国の殆どの教会は政府が提唱した「テロとの戦い」を熱狂的に支持し、アフガニスタンへの軍事介入を認め、異教徒への憎悪を深めていました。軍事介入と信仰との間に矛盾はなかったのです。こういう状況の中で、コネティカット州の米国合同教会は、決然と宣言文を発表しました。凄く勇気のある行動だったと思います。内容は、平和を求める聖書の引用の後に、

6つの提言があります。「為政者は軍事力ではなく外交手段を用いること、教区幹事は復讐ではなくテロ犯罪者を法廷で裁くように議員に働きかけること、イスラム教徒への憎悪に反対すること、イスラム教を学習してその信者との懇談会を開くこと、教会はテロの犠牲者とアフガン難民のための献金を募ること、牧師は非暴力と経済的正義を学び信徒の理解を促すこと」。このように内容は極めて具体的です。少し心がければ実行可能でししょう。憎しみを和解に変え、困窮している者に分け隔てなく支援し、異なる宗教と民族を理解するために努力するのというのです。このようにして「神の正義」を実現しようとしました。この提言からは大いに教えられるのではないでしょうか。

 世界の平和はスケールの大きな問題ですが、自分たちの足元の小さな取り組みが、世界規模の平和につながることを信じたいと思います。神の正義も神の国も、私たちの可能性の中にあります。

(牧師 藤塚聖)

2026年1月11(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書7章7~14節

 説教 「狭い門から入る

 ​牧師 藤塚 聖

 

 聖書の中の話しをどう受け取るかは読者の自由であり、色々な読み方があっていいでしょう。しかし同時にその話の元の意味や伝えた人の意図を知っておくのは必要なことと思います。

 「求めなさい、そうすれば与えられる」(7節)というイエスの言葉に関しては、教会では神に熱心に祈れば必ず聞かれると教えられてきました。そこで徹夜祈祷会なるものも生まれたのです。しかし現実にはそんなことはありません。そしてそのような信仰は「機械仕掛けの神」(ボンヘッファー)として批判されています。

 イエスの周りにいた人たちは、大体生活困窮者や「罪人」と烙印を押された人たちです。「主の祈り」にあるように、その日の食べ物にも苦労しています。そういう人たちに向けて「求めよ、諦めるな」と語ったと思われます。横浜の元高校教師の水谷修氏は、深夜の繁華街を見回ることで「夜回り先生」と呼ばれて漫画のモデルにもなりました。随分前からメディアにもよく登場してネットでも情報を発信しています。教師としてずっと生徒指導を担当していましたが、その後は若者の生活支援活動を通して、薬物や犯罪からの更生や防止、問い合わせにも応じています。水谷氏は、自分に出来ることは限界があるので、子どもたちに「君を助けてくれる人は必ずいる、諦めるな」と伝えて、そこに辿り着くように説得することだと言っていました。出会う大人が皆そうではないが、助けてくれる人は絶対にいるということです。

 イエスの言っているのもそういうことだと思います。君にもきっと仲間がいる、必ず助けはあるという助言です。宗教的な有難いお言葉というより、死なないで生きるための指針でしょう。ちょっとしたきっかけで潮目も変わるのだから、死んだら駄目だということです。何とかなるというイエスの楽観主義は、神が造った世界と人間に対する根源的な信頼から来ているのでしょう。現実世界は非常に厳しいけれども、それが永遠に続くわけではない、それを変えるのも人だという確信です。

 「狭い門から入りなさい」(13節)も、以上とのつながりで考えるべきでしょう。マタイは、自分たち少数の信者こそが、命に至る狭い門を見出していると考えていたようです。しかし「狭い門」と聞いた人たちは何を思い浮かべたでしょうか。古代の大きな町は城壁に囲まれ、町の真ん中の大通りが「広い門」に通じていました。そこは戦車や馬に乗った領主が通ります。庶民はそこから枝分かれした路地につながる小さな門を使用していました。つまり広い門は権力者が使い、狭い門はそうでない者たちが使っています。イエスの意図は、広い門は決してそんなに良いものではない、むしろ狭い門の方が命に通じている(14節)、と励ましているのではないでしょうか。

 私たちはきっと無意識の内に苦労もせずに広い門を通っているのでしょう。しかしいずれ狭い門を使うかもしれないし、又今現在使っている人がいることを忘れずにいたいと思います。イエスの意識はいつもそちらに向いていました。

(牧師 藤塚聖)

2026年1月18(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書7章15~23節

 説教 「良い実を結ぶ

 ​牧師 藤塚 聖

 福音書の中には、時々違和感を覚えるイエスの言動が記されています。それはイエスと異なる考え方を持った人が、それを伝えているからです。伝えた人がイエスをきちんと理解しているとは限りません。そこでどうしてもズレが生じるのです。コツとしては、イエスは無条件の神の愛を説き、弱い立場の側に立ったので、それと矛盾するような場合は疑っていいと思います。

 その点では、マタイ福音書には疑わしい話が沢山記されています。人に正しさを強要して、そうでないと断罪して排斥するのです。「天の国」に関するイエスの例え話は、そういうものばかりです(13:50,22:14,25:46)。そこにはマタイの教会の考え方が反映しているのでしょう。彼らはユダヤ教のパリサイ派や律法学者に強い対抗意識をもち、新しい律法として「イエスの教え」を守り、自分達こそ「義人」である自覚をもっていました。しかしそのような信仰は構造として、パリサイ派の「律法主義」と全く同じなのです。

 イエスと同じようにマタイも、「偽預言者」(15節)である律法学者を厳しく批判しています。23章を読むと、彼らの偽善的な行いがよく分かります。人々に背負いきれない重荷を負わせて(4節)、天の国から締め出していました(13節)。

 更に、マタイは「偽預言者」だけでなく「主よ、主よ」という者たち(21節)、つまり教会内にも批判を向けています。これらの者は、マタイからすると、「天の父の御心を行う者」(21節)ではなく、「不法を働く者」(23節)ということになります。天の父の御心とは、「神である主を愛する、隣人を自分のように愛する」(22:37-39)とまとめられているので、信者の中にも隣人愛に欠けている者が沢山いたということでしょう。

 それにしても、それを理由に天の国から締め出すのなら、批判していた律法学者のやり方と同じです。マタイは、隣人愛を強く説いていながら、それが出来ない隣人を簡単に排斥することに、何の矛盾も感じないのでしょうか。

 さらに、問題のある信者に対して教会が忠告し、それでも教会の命令に従わないのなら、異邦人か徴税人と同様に見なしなさいと言っています(18:17)。つまりマタイは、彼らを「滅びるべき者」の代表と見なす律法学者の価値観を共有していたことになります。イエスは、徴税人や娼婦たちの方が先に神の国に入ると明言しました(21:31)。

 たとえ聖書やキリスト教であっても、イエスの福音とそうでないものを見分けることが重要だと思います。全てを受け入れる必要はありません。マタイのような信仰には問題があるからです。そして、イエスの福音から生じる生き方こそが肝心なのではないでしょうか。隣人愛を中心として、人を分け隔てない、さばかない、尊重する心を持つことです。こうなると、宗教や思想が何であるかは関係ないのでしょう。結果として生じる生き方や価値観の方が大切です。「主よ、主よ」と語ることより、良い実を結んでいるかどうかに目を向けたいものです。 

(牧師 藤塚聖)

2026年1月25(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書9章9~13節

 説教 「信仰と倫理

 ​牧師 藤塚 聖

 

 マタイの信仰は「律法主義」であると何度か指摘しました。彼は完全な者になることを求め、終末の裁きを強調し、弟子の権威と教会の秩序を重視しています。そして後の教会はそこから少なからず影響を受けているように思います。しかし、それがイエスの福音と一致しているかどうかは別の問題です。

 「わたしが来たのは正しい者…ではなく、罪人を招くためである」(13節)という言葉は三つの福音書に記されています。大筋はイエスが徴税人を弟子にして、その家で一緒に食事したのを、パリサイ派が不浄なこととして非難したというものです。その非難に対して、イエスは上記の言葉で反論しました。これは罪人の側に立って、その尊厳の回復のために活動するという宣言です。

 マタイはこの言葉にホセア書の引用「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」(6:6)を補足しています。ここには、律法の中心を「隣人愛」とするマタイの考えが表れています。しかし対等な相手への愛というより罪人への「憐れみ」なので、彼らを低く見ていると言わざるを得ません。つまり、罪人が今後正しい者に更生することで、はじめて彼らにも天の国の扉が開かれるということです(16:19)。その点では、ルカも同じで、罪人は「悔い改め」なければならないと考えました。そこでイエスの言葉に、罪人を招いて「悔い改めさせるためである」とわざわざ付け加えています(5:32)。

 しかし、ここがイエスの福音と異なるところであって、彼は「罪人」というレッテル自体を否定したのでした。神の無条件の赦しと愛の前では、滅びるべき人など存在するはずがありません。皆等しく神の子であり、この根源的事実においては、どんな人にも違いはないからです。それなのに、色々と条件を付けて、天の国の扉を閉ざすことでは、パリサイ派もマタイもルカも違いはありません。ある人が一神教を批判して、ユダヤ教もキリスト教も人を選別することでは同じだと指摘していました。ユダヤ教は「律法」により、キリスト教は「信仰」により、人を救われる者と火で焼かれる者に選別すると言うのです。マタイやルカの信仰ならその通りかもしれません。

 私たちが自分の信仰にどうしても確信を持てないのは、そこに原因がありそうです。常に「正しい信仰」や「悔い改め」を求められて不安になります。それは「信仰」と「倫理」を混同していることによるのでしょう。神と人との根源的な愛の関係と、人の生き方は別次元の事柄です。正しく生きることはもちろん良いことです。しかしそれが条件で神に愛されるのではありません。人が不道徳に生きようと神に背こうと、神との関係は不変です。これは神学のテーマとして、「福音と律法」と言われています。「律法から福音」は正しく生きることが条件で救済されるパターンです。「信仰を持てば救われる」というのもその典型です。それに対して、「福音から律法」は既に救済されているから相応しく生きるというパターンです。この順序は神の「恩寵」を理解する上で非常に重要です。​ 

(牧師 藤塚聖)

2026年2月1(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書10章34~39節

 説教 「平和ではなく剣を

 ​牧師 藤塚 聖

 

 イエスの語った言葉の中には、私たちの理解を超えるものが沢山あります。「平和ではなく剣をもたらす」(34節)という言葉もその一つです。イエスは神の平和を何より望んでいたはずなのに、地上に「剣」や「敵対」をもたらし、「自分の家族の者が敵となる」(36)とはどういうことなのでしょうか。

 この言葉は福音書が書かれた時代状況から説明できます。マタイの教会はユダヤ教内の異分子として迫害され、中には殉教する者までいたようです。そういう危機感が10章の弟子への勧めの中に出ていて、「憎まれる」(22節)、「迫害される」、「他の町に逃げよ」(23節)、「体は殺しても魂を殺すことのできない者どもを恐れるな」(28節)等はそれを表しています。そういう状況の中で、たとえ地域や家族を敵に回したとしても、教会に踏みとどまることを勧めているのでしょう。

 以上は紀元90年位の状況ですが、イエス自身はどういう意図で語ったのでしょうか。私は、イエスが自分の家族や親族に複雑な思いを抱いていたと想像します。古代の家父長制社会の中で男尊女卑も甚だしく、それを前提にした家族に疑問をもったかもしれません。またイエスの活動の意味を全く理解せずに、母と兄弟がやって来たときは、「私の天の父の御心を行う人が、私の兄弟、姉妹、また母である」として、実の家族を突き放しています(12:50)。

 こうしてみると、「剣」や「分裂」は単なる対立や争いではなく、今ある「平和」の中身を問うているのかもしれません。誰かの犠牲や抑圧を前提に成り立っている見せかけの平和なら本当ではありません。そこでまず一番身近な家族という人間関係の中に、真の平和があるのかを問題にしているのでしょう。場合によっては真剣に争わねばならない問題があるかもしれません(35-37節)。

 現代においても家族ほど難しい関係はないかもしれません。特に日本社会は血縁を重んじるのでなおさらです。メディアでも家族に関連する問題、また事件や犯罪が取り上げられない日はありません。DV、機能不全家族、ヤングケアラーなどは今や社会問題化しています。これらは閉じられた関係性の中のことなので解決を難しくします。某ドキュメントでは、問題を抱える親の都合で社会と切り離され、存在しない子供として大人になった人が紹介されていました。私見としては、抽象的ですが家族は出来るだけオープンに社会とつながり、子どもは家庭というより社会が育てる制度になればいいと考えます。

 イエスが語る「平和ではなく剣」とは、いわゆる「家族幻想」からの解放を言っているのかも知れません。それは家族でも特別視しないで相対化するということです。家族であっても適度の距離を保ち、血縁を特殊化しないことで、イエスは血のつながった家族であろうと、赤の他人であろうと、分け隔てなく付き合ったのではないでしょうか。物事の本質から出るそのラディカルな言動から、私たちは見えていない事柄に気付かされるのです。

(牧師 藤塚聖)

2026年2月8(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書11章2~6節

 説教 「キリストというつまずき

 ​牧師 藤塚 聖

 

 本日は、人にとってつまずきとなる「キリスト」(2節)について考えてみたいと思います。「わたしにつまずかない人は幸いである」(6節)とは、洗礼者ヨハネの見立てが合っているか訊ねた時に、イエスが返した言葉です。つまずかないのがラッキーなら、大抵の人は見誤っていることになります。つまりイエスはヨハネが期待したようなメシアではなかったことになります。

この話がどれだけ史実を反映しているかは疑わしいでしょう。聖書の話しなので、ヨハネをイエスの下位の補助者と見なしているからです。実際のところ、「世直し」ということでは二人は同志的関係だったのではないでしょうか。彼らは母方の親族であり年齢も近くて(ルカ1:36)、小さい頃から知り合いだったと思われます。成人してから、ヨハネの方が先に洗礼活動を始め、イエスはそれに共感して一時はそのグループに所属していました。しかし考え方の違いにより、二人は別々の道を行くことになりました。

 ヨハネは当時の領主ヘロデの近親結婚を公然と批判したことから逮捕されて処刑されました(14:10)。そこで残された最後の機会に、弟子をイエスの元に派遣して、決別した理由や今後の目標などを訊ねたということなら十分にありそうなことです。それに対して、イエスは自分の活動内容、つまり人の尊厳の回復をそのまま伝えたということでしょう(5節)。

 「キリスト」の同義語「メシア」は、もとは王や祭司を指しましたが、徐々に祖国を復興する理想的王と考えられるようになりました。更に時代が進むと、終末に現れて世界を転換する神的存在と見なされました。イエスの時代のメシア象は、人によりバラバラだったと思われます。その中でもダビデのような唯一無二の偉大な王を期待する人は多かったことでしょう。ヨハネがイエスをメシアと見なしていたとは考えにくいのですが、何らかの期待をしていたかもしれません。しかしヨハネが期待したのと、全く違うことをイエスはやっていました。だから、ヨハネの見立ての中に自分は収まらないと明言したのです(6節)。

 それなら私たちはメシア、キリストについてどのように考えるでしょうか。教会ではキリストは完全に宗教用語になっています。「三位一体」の「子なる神」、「真の神であり真の人である」というように。それについて立教大学の佐藤研氏は、イエスをキリストと告白することは、現代では殆ど意味をなさないと言います。そして教理の現代化を勧めています。佐藤氏にとって、イエスをキリストと告白することは、イエスによって人間の本質と可能性を知ることだと言います。またキリスト教とは、そのイエスの生と死に学ぶ宗教だとも言います。この提言に教会はつまずいてしまうことでしょう。

 しかし教会の大きな問題は、キリストを宗教理念やドグマにしてしまったことにあると思います。イエスキリストとの生き生きとした関係が私たちの中にあるでしょうか。その意味では私たちもキリストにつまずいているのです。それでも、完全に分かったと自信を持つことより、これからも「永遠の謎」としてイエスを探求し続けることの方が真理に近いのかもしれません。 

(牧師 藤塚聖)

2026年2月15(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書11章11~19節

 説教 「簡単な信仰

 ​牧師 藤塚 聖

 

 イエスは洗礼者ヨハネのグループから独立して、独自の活動を始めました。「世直し」の志しは同じでも、方向性が違ったからです。両者の違いは、彼らに対する世間の悪口によく表れています。ヨハネは世俗を離れて荒野で禁欲的生き方をしていたので、「悪霊に取りつかれている」と言われました(18節)。他方イエスは地域社会の中で仲間外れの人たちとよく会食したので、「大食漢で大酒飲み、罪人の仲間」と言われました(19節)。このように、まず活動していた場所が違いました。

 ヨハネはユダヤ教のエッセネ派に所属していたと思われます。このグループは世俗を離れて修道院的な集団生活をしました。厳格な戒律を守ってひたすら終末を待望する宗教的エリート集団です。それ故に庶民には縁遠い存在だったでしょう。しかしパリサイ派やサドカイ派が権力と癒着したのとは違い、信仰的には極めて純粋だったと思われます。ヨハネはその純粋さを引き継ぎながらも、信仰をもっと簡単にしました。出家して修道生活するのではなく、戒律や儀式もなく、罪の赦しの洗礼を受けて悔い改めさえすれば良いのです。だから多くの人がヨハネから洗礼を受けるために各地から大勢押し寄せました。

 このように信仰を庶民の手に届くものにしたことを、イエスは最大限に評価して、「女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった」とまで言っています(11節)。しかし、そのヨハネでも、神の怒りを恐れていたので、罪の赦しの「洗礼」を受けて、「悔い改めにふさわしい実」を結ぶ必要があると説きました(3:8)。つまりエッセネ派よりハードルを下げたとはいえ、やはり「神の国」に入るには、正しい者にならねばなりません。それが「天の国で最も小さい者でも、彼よりは偉大である」と指摘されたヨハネの限界なのでしょう。そして彼のやっていることは、結局は「天の国を力ずく襲い奪い取っている」ことになると批判しています(12節)。イエスからすると、「神の国」は人の良し悪しで入ったり入れなかったりするものではなくて、人が平和に生きることの中に神の国があるというのです(ルカ17:21)。

 さて、今年は4月5日がイースターで、その前の40日間が受難節(レント)になります。カトリック教会ではこの期間中に2回の「断食」(初日と受苦日)が推奨されています。それはイエスの苦しみを覚えるという意味であり、平たく言うと「苦行」です。しかしイエス自身は「大食漢で大酒飲み」と周りから言われたのだから、宗教的行為の断食はしていなかったと思います。しかしヨハネは神を恐れていたので積極的に実践したことでしょう。

 それでもヨハネが信仰を簡単にすることでエッセネ派を乗り越え、更にそのヨハネをイエスが乗り越えたように、私たちは信仰の中の非本質的なものを削ぎ落して単純でありたいと思います。信仰で本質的なことは多くなく、形式や義務や条件ではないからです。「愛である神さま、信頼します、見守ってください」ということで十分ではないでしょうか。 

(牧師 藤塚聖)

2026年2月22(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書12章9~14節

 説教 「生命といのち

 ​牧師 藤塚 聖

 

 本日の説教題は「いのち」を漢字とひらがなの二つで表記しました。それは医学的な生命と社会的な命を分けて考えたいと思ったからです。そこで、人が互いに助け合って社会的な存在として生きる命を「いのち」と表記しています。

 世界で最も読まれている漫画「ワンピース」は、これまでに30か国語に翻訳されて5億部以上発行され、若者のバイブルと言われています。海賊王を目指す少年ルフィイが、仲間を集めながら大海原を旅する物語で、個性豊かな仲間の成長と冒険が描かれています。その中にこんな言葉があります。「人はいつ死ぬか、拳銃で心臓を撃たれた時か、不治の病に侵された時か、猛毒のスープを飲んだ時か、そうではない、人に忘れられた時だ」。非常に示唆に富んでいて、生命といのちの違いをうまく表していると思います。

 この見方によるならば、イエスの癒しは、医学的な生命より社会的ないのちに関わっているようです。イエスは不治の病であれ身体障碍であれ、癒された人に対して、「行きなさい」「(家に)帰りなさい」と言って、社会復帰を促しました。病気や障碍があれば周囲から疎んじられて、最悪の場合は社会から締め出されたからです。つまりたとえ生きていたとしても、人に忘れられ、社会的いのちが潰されている状態です。病気が治ることは非常に幸いなことです。しかしそれ以上に必要なことは、たとえ病気が治らなくても、社会が受け入れて、人とのつながりが回復することなのでしょう。従って、イエスの活動の真意は、個々人の癒しより、人々が困った人を支援することだったと思います。しかし到底それが叶わないから、とにかく癒し活動を続けざるを得なかったのです。

 ところで、イエスの癒しは不思議なほど「安息日」に行われました(10節)。安息日にそれをすれば、律法違反と病気という二つの重い問題に抵触することになります。それでもあえてそうしたのは、社会が今まで当たり前にやっていたことの間違いを明白にするためだったかもしれません。または、自分の身に危険が迫る中(14節)、残された時間が少ないから急いでいたのでしょうか。

 片手の萎えた人の状態はよく分かりませんが、特別に命にかかわるわけではなく、緊急性は考えにくいと思います。それでもこの人の社会的いのちは間違いなく潰されているので、その日が安息日といえども、死んだいのちのままにして良いはずがありません。イエスは一日も早い社会復帰のために、すぐに彼を癒しました。

 さて、社会とのつながりと言えば、高齢者の生活支援の問題があります。25年後には人口に対する65歳以上の割合が、男性では4人に一人、女性では3人に一人と予測されています。以前「老人漂流社会」というドキュメントで、一人になって行き場のない高齢者の不安がとりあげられました。番組の最後では、最後まで安心できる場所と、心ある人の見守りが、人としての最低限の尊厳であると言われました。私たちの教会でも高齢化は確実に進んでおり大きな課題です。イエスが社会的いのちの回復に力を注いだことを心に留めたいと思います。

(牧師 藤塚聖)

2026年3月1(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書13章24~29節

 説教 「毒麦の入った麦畑

 ​牧師 藤塚 聖

 イエスの例え話に出てくる「毒麦」は、穂がつくまでは小麦と見分けがつかず、種子に含まれるアルカロイドにより、口にすると下痢、嘔吐、めまいの症状が出るようです。そのため人の手を煩わす厄介ものでした。身近にあるケースなので、庶民はイエスの話は聞いてすぐに理解できたことでしょう。

 毒麦と分かってもすぐ抜かないで様子を見るというのは(30節)、この世の善悪についての究極的な判断は人には不可能なのだから、最後は神に委ねるという趣旨かもしれません。イエスにとって神とは自分を相対化する働きなので、その考え方にも沿っています。

 別の読み方としては、良い麦と毒麦を別々に考えるのではなく、畑を全体として見るという考え方です。私たちは自分が毒麦なら心配だとか、どうしたら良い麦になれるかと考えがちです。しかし畑全体として見るならば、神は毒麦が入っていても、最後は良い畑にしてくれるということです。だから毒麦があっても問題ないという神への信頼が語られています。

 良い麦か毒麦かという「二元論」に陥るなら行き詰るかもしれません。毒麦はそのまま変わることなく最後は抜かれて焼かれるしかないからです。もし自分が毒麦なら救いようがありません。まさに「二重予定説」はそのように受け取られています。そうではなくて、私自身の中に良い麦もあるし毒麦もあるということです。

 私は上述したように、この話は神への信頼を教えていると読みます。イエスの話を聞いた庶民は、宗教家から日常的に、お前は罪人だ、そのままでは最後は地獄の火で焼かれると、繰り返し言われてきたことでしょう。それに対してイエスは、大丈夫だ、神は毒麦だらけでも最後はきれいにして、何とかしてくれると言ったのではないでしょう。それがイエスの説く「福音」だったと思います。

 最後に私たちの問題として考えてみましょう。この世の善悪について、究極的な判断は難しいことはよく分かります。時代と社会で判断基準が異なるからです。そして現実の世界を見るときに、善と悪を明確に切り分けられるのか疑問です。ヨブ記でも、神はヨブの稚拙な正義感を皮肉り、お前の考えでこの世を裁くなら、この世から人はいなくなると戒めています(ヨブ40:13)。そのように、毒麦と良い麦に二分できるほど、この世界は単純ではありません。二元論に陥らないで、皆が生かされる第三の道を探るべきでしょう。

 世界は矛盾に満ちていて不条理です。自然災害も不治の病も理由なく生じます。与えられた命の長さもみな違います。生まれる時代も国も親も自分では選べません。そういう中で、信仰の目をもって世界を見ていきたいものです。世界にはまた人生には、人の目からは善いことも悪いこともある。しかしそれでも、最後に神は全体として良いものにしてくださるという神への信頼が問われていると思います。「神は全てを良いものとしてお創りになった」という「創造論」から聖書が始まっているのは、示唆的なことです。

(牧師 藤塚聖)

2026年3月8(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書13章36~43節

 説教 「例え話の意義

 ​牧師 藤塚 聖

 文章の形を大きく分けるならば、「論文形式」と「物語形式」があります。前者にははっきりとした結論があって、論理的にそれを証明するものです。後者では結論は読者に委ねられていて、読み方は自由です。だから物語は他の人と感想を分かち合えば、さらに豊かになるでしょう。

 文章で人間の現実の生活を描くのなら、論文は向いていません。現実は理屈に合わないことも多く、理路整然と物事が進むわけではないからです。それらは矛盾も含めてそのまま再現した方が良いので、物語が向いていると言えます。

 新約聖書でも、「パウロ書簡」はほぼ論文で、「福音書」は物語です。さらにその中のイエスの「例え話」は完全に物語です。イエスは結論を語るのではなく、聞いた人が自由に考えてほしいと思ったのでしょう。従って、解説がある場合は別の人の手によるものです。この毒麦の話にもマタイが解説をつけています。

 私は、元の話は毒麦があっても最後は良い畑にしてくれるという神への信頼を説いていると思います。一方でマタイは、良い麦と毒麦が区別されるのを前提にして、毒麦は抜かれて焼かれると危機感をあおっているようです。マタイの教会はユダヤ教以上に厳格であり、彼らより完全な者になることが至上命題でした(5:48)。それで教会内のいい加減な信者は追放されたのです(42節)。マタイはこの話を信者への警告としか読めなかったのでしょう。

 さて、イエスは例えを語ることで、聴衆に自由に考えさせました。その中で気づきや反省が生まれるからです。しかし教会は結論であるドクマを受け入れることが信仰であると教えてきました。疑問をもつことは不信仰とされました。自分がどう考えるか、どう思うかは問題ではなく、歴史的信条や信仰告白に連なることが重要だというのです。しかしそれは自ら考えることを放棄した思考停止を意味します。これが硬直した信仰、本当の生きる力にならない信仰、現実とかみ合わない信仰の原因ではないでしょうか。

 最後に、この例え話を説明したマタイと対話したいと思います。まずマタイは自分が毒麦ではなく良い麦だという自覚があるはずです。そうでないと耐えられない話になっているからです。それならマタイの安心感はどこから来るのでしょうか。真面目に生きている自分への自信でしょうか。神への安心感ではありません。神に対する安心感なら、そもそも毒麦と良い麦に分ける必要すらないからです。マタイにとって神は正しい人々しかその国に入れない(43節)、恐るべき存在です。そうなるとマタイは本当に救われていたのか疑問になります。

 マタイとの対話から考えさせられることは、「自己相対化」できるか否かということです。それとマタイに倣ってあえて自分を毒麦と考えた場合、焼かれても仕方ない不完全な存在であっても、それでも神に赦されて愛されていることを、更に強く思わされました。

(牧師 藤塚聖)

2026年3月15(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書16章13~20節

 説教 「岩の上の教会

 ​牧師 藤塚 聖

 イエスとペテロの対話から、幾つかのことを考えました。この場面は、イエスが世間の評判を弟子に訊ねた上で、彼ら自身の見解を求めたものです。世間はイエスを洗礼者ヨハネ、あるいは預言者のエリヤ、エレミヤの再来と見ていたようです(14節)。いずれにしても、イエスは特別な人物と見られていました。

 それを受けて、ペテロはイエスのことを「メシア、生ける神の子」と告白しました(16節)。この告白の正否は一旦横に置いて、それに対するイエスの態度が、マタイとマルコでは真逆であることに注目したいと思います。マルコでは、それを誰にも言うなと叱責しており(8:30)、マタイでは、ペテロの告白を絶賛して、彼を土台としてその上に「教会」を建てるとまで褒めています(18節)。更に天の国へ入るか否かの権限をペテロに与えると言いました(19節)。しかしその後の展開を見ると、ペテロはイエスの受難を全く理解していないので、「サタン、引き下がれ」と激しく叱責されます(23節)。つまりペテロがイエスのことをどう告白しようと、その使命も意図も分からず、本気で従う覚悟もないことは明らかでした。それまでの弟子たちの無理解を考えるなら、これはいかにもありそうなことです。

 従って、マタイの話は、イエスの言動が弟子に権威を付与して、教会の正統性を証明するために創作されたものと考えられます。マタイ福音書が書かれた頃は、すでに弟子と教会の権威が確立されていたからです。そのためにイエスの言動がお墨付きとして利用されました。それは、イエス自身が神の権威を一切語ることなく、自らの責任で活動したのとは全く対照的です。

 以上により、この話から説教をしにくいのですが、苦肉の策として「ペテロ」というあだ名について考えてみます。元はアラム語のケファ、「岩」の意味で、そのギリシャ語がペテロです。このあだ名はイエスがつけました(マルコ3:16)。頑固な性格からか、がっちりした体格からかは分かりませんが、おそらく優柔不断で的外れなのを皮肉って、あえて真逆の「岩」と命名したのでしょう。

 カトリック教会の「教皇制」は、マタイにおけるペテロの信仰告白の話しがその根拠になっていて、ペテロが最初の教皇であり、現在のレオ14世が第267代目ということになっています。そこではペテロは正真正銘盤石の岩であり、その上に教会制度が構築されて大きな権威となっているわけです。

 しかし私にはそれが立派過ぎるように見えます。イエスはペテロという頑強な岩の上に教会を建てたのではなく、欠点だらけのペテロと弟子たちに自らの活動を委ねたのではないでしょうか。だから弱く過ち多い私たちも、教会としてその働きを引き継いでいけるのです。岩のような頑強さを求められるなら不可能です。そのことを有難いこととして謙虚に受け止めたいと思います。そして教皇制度のみならず、何の権威にも依らずに、ただイエスとその教会の中に大切なものを感じるからこそ、私たちは信仰生活を続けているのでしょう。

(牧師 藤塚聖)

2026年3月22(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書17章1~8節

 説教 「山の上から下る

 ​牧師 藤塚 聖

 三人の弟子たちの山の上での不思議な体験が記されています。この話は何を示しているのでしょうか。弟子たちが目撃したのは、イエスの姿が光り輝き、モーセとエリヤと対話する光景です。モーセとエリヤは旧約の英雄なので、イエスが彼らと肩を並べる姿にすっかり感動してしまいました。またその場にいることで有頂天になったのでしょう。ペテロは仮小屋を建てて、この至福の状態を永続させたいと願いました(4節)。しかし天から声が聞こえて、気がつけば普段通りのイエスがいるだけでした(8節)。そしてすぐに山を下りたということです(9節)。

 天の声は、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者、これに聞け」(5節)です。弟子たちはイエスの働きを手伝っていても、理解していたとは思えません。彼らは偉くなることや人の上に立つことばかり考えていたからです(18:1,20:21)。しかし天の声は、はた目には地味で苦労ばかりのイエスの働きこそが、栄光に光り輝く神の業であると教えています。そしてそのイエスに従えと言うのです。

 私は二つの場所が比較されているように思います。つまり山の上と山の下です。山の上は全てが栄光に光り輝き、至福の状態に包まれて永遠に留まりたい場所です。山の下は病と死があり、貧困と差別があり、不安と恐れに満ちた場所です。その上で、神はどこにいるのか、神と出会う場所はどこかということなのでしょう。

 伝統的には山の上で神が顕現すると考えられました。弟子たちもそこが相応しいと思ったでしょう。しかしイエスはためらうことなく山を下りました。そこで神と出会うためです。確かに神は天にいて、高い山の頂の方が天に近いと考えられます。しかし天はその下にある全てを包み込んでいます。だからイエスは山の上に留まりませんでした。

 今も世界中で苦しむ声は絶えません。ウクライナ、ガザ、イラン、アフガニスタン、戦争に巻き込まれて、毎日多くの死が報告されています。その中で私たちは何を考えてどう生きているでしょう。苦しむ人たちの叫びに無関心になっていないか反省させられます。キリスト者として生きるとは、神の愛を信じて、天国のような幸福感に満たされて、それで終わりではありません。高い山の上で神の栄光と輝きに包まれても、イエスは低い所に下りて活動を続けました。そのようにして、山の下でも神と出会うことを弟子たちに示したと思います。

 この日曜日の礼拝も山の上のことかも知れません。神の愛と恵みを再確認して心は解放されます。教会によっては神癒や神秘的体験があります。そのように教会で解放されて居心地が良いのは悪いことではないでしょう。しかし教会に来るのは、そこにしか神がいないからではありません。あのイエスの地味な働きが本当は光輝く素晴らしいものであることを知らされて、自分の生活に戻って行きたいと思います。自分の課題に向き合うことや、人の悲しみや苦しみに寄り添うために。そしてそこに神がいることを信じて、山の下で働いているイエスの生き方に倣っていきたいものです。

(牧師 藤塚聖)

2026年3月29(日)10:30~ 

   聖書  マルコによる福音書15章33~41節

 説教 「十字架という逆説

 ​牧師 藤塚 聖

 受難週の初めに、十字架刑によるイエスの死について考えてみたいと思います。今日も多くの教会で、キリストは人の罪を贖うために死んだという所謂「贖罪論」が語られていることでしょう。私は否定はしませんが問題を感じています。というのは聖書の使信はそれだけではないからです。信仰とは「罪」が前提なのか、それはこれからも説得力を持つのか、あらためて考える必要があります。

 新約聖書学者の青野太潮氏は多くの著書の中で、パウロはキリストの十字架を贖罪ではなく「愚かさ」や「弱さ」と見ていたと論じています(1コリント1:18)。パウロにとってキリストは栄光の姿ではなく、十字架に力なくぶら下がる弱く惨めな姿でした(2コリント13:4、ガラテヤ2:1)。パウロはその姿の背後に人間の悲惨さの中で共に苦しむ神を見出して、本当の意味で救われたと思います。それまでは神は畏怖すべき裁く神でした。それ故に、彼は自分の辛く苦しい体験に重ね合わせて、力は弱さの中で発揮されて、弱い時にこそ力があるという逆説に至ったのでしょう(2コリント12:10)。

 さて、マルコはパウロとは違う形で、イエスの死を逆説として伝えています。イエスが絶望して死んでいく様子を見て、百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」(15:39)と言うのは筋が通りません。ローマの軍人にとって「神の子」は皇帝の別称であり、力と権威と象徴だからです。イエスが自力で十字架から降りたり、天の軍勢が救済に現れるのならまだしも、誰の助けもなく抵抗することもなく惨めに吊るされ、神への絶望を口にしてただ死んでいく姿は悲劇でしかありません。従って、この絶望的な状況の中に神を見ることは逆説でしかないのです。

 マタイはこの逆説に耐えられないために、何とか辻褄を合わせています。地震により岩が裂け、墓が開けて死人が生き返るという驚くべき奇跡が起こることで(27:52)、神の子であることを証明しています。また、ルカはイエスを信仰の模範として描いています。敵をとりなし(23:34)、正しい者を救済し(23:43)、最後まで揺らぐことのない神への絶対的な信頼を表

 しています(23:46)。つまり神の子としては完璧な最期でなければならないからです。そのために絶望の言葉は削除されています。

 それらとは全く異なり、マルコが言いたいことは、この悲惨な状況の中に神が共にいるという告白ではないでしょうか。パウロが、キリストの悲劇の中に共に苦しむ神を見出して救われたことともつながるように思います。

 ホロコーストの生存者である米国の作家ヴィーゼルの「夜」に、アウシュビッツの強制収容所で処刑される子供の中に神を見る一節があります。強制的に絞首刑を見せられる囚人の中から「神はどこにいるのか」とつぶやく声がして、私の内側に「どこにいるのかって?そこにいる」との声が響いたというものです。

 私がもし絶望的状況の中にあるのなら、「贖罪論」では救われないと思います。しかし絶望の中に共に苦しむ神がいると信じられるのなら、それは一筋の光になるかもしれません。

(牧師 藤塚聖)

2026年4月5(日)10:30~ 

   聖書  ペトロへの手紙一1章3~9節

 説教 「キリストの復活による恵み

 ​牧師 渡部静子

 今日はイースター礼拝をささげています。全世界の諸教会がこの日、主の御復活を祝ってイースター礼拝をささげているのです。

 イエス・キリストが復活されたということ、それは今まで人類の歴史の中で誰も経験したことのない出来事であります。単に仮死状態の人が息を吹き返したというのではなく、確かに死んだ。だから、墓に葬られた。その主イエスが三日目に復活したのです。

 しかし、それは誰も最初は信じられないことでした。ですから、復活された主イエスと出会ったという人たちの話を聞いても「信じなかった。信じなかった」と記されています(マルコ16:11、13)。

 そこで主イエスは復活された姿を弟子たちに何度も何度も現わされたのです。それが40日の間、続きました。それから10日後、すなわち、主イエスの復活された日から数えて50日目にペンテコステ、聖霊降臨の出来事が起こったのです。その聖霊が降るという出来事を経て、イエス・キリストを信じる人たちが次第に起こされていったのです。 

 イエス・キリストの復活が本当だったといえる間接的な証明として、三つのことを挙げることができるでしょう。

 一つは、キリスト教会の存在です。もし、十字架の死が主イエスの生涯の終わりであったとしたら、主イエスの復活は無かったとしたら、今日、世界に存在するキリスト教会は無かったでありましょう。

 二つ目は、新約聖書が存在していることであります。もし、復活は無かったとするならば、誰も新約聖書の内容となっている文書を記す人はいなかったでありましょう。

 三つ目は、「主の日」が制定されたことであります。ユダヤ人にとって、安息日は土曜日です。ユダヤ人のキリスト者たちは、おそらく土曜日を日曜日に替えて、これを「主の日」として礼拝をするということはしなかったでありましょう。

 復活についてどのような議論がなされるとしても、もし、主イエスの復活がなかったならば、キリストの福音はなく、教会も聖書もキリスト者もいないであろうことは確かであります。

 では、主イエスの復活は私たちの信仰生活にどのような関係があるのでしょうか。ペトロの手紙一1:3でペトロは言います。「神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え」。

 イエス・キリストの復活は「私たちを新たに生まれさせる」と言われるのです。それは自己中心的な生き方からキリスト中心の生き方に生まれさせてくださるということであります。

 私たちの人生は、壮年期位までは一般的にいろいろなものを得ていく人生と言えるでしょう。肩書を持ち、地位を得、技術や特技を身に着け、財産も得るでしょう。けれども、次第に肩書や地位を失い、健康を失い、大切な肉親や親友を失い、この世の宝を失っていきます。

 しかし、そこで、「私たちを富ませるために、徹底して貧しくなられた」(2コリント8:9)イエス・キリストと出会うのです。イエス・キリストの深い恵みを知るのです。そうして、「生まれ変わる」のです。それは、一度ではありません。繰り返し、繰り返し、失うごとに、キリストの恵みの深さを知らされるのです。

 それは、「主の日」ごとに、「聖書」のみ言葉を通して、「教会」の礼拝の中で、何度も「生まれ変わる」恵みにあずかっていくのです。

(牧師 渡部静子)

2026年4月12(日)10:30~ 

   聖書  フィリピの信徒への手紙1章1~2節

 説教 「イエス・キリストの僕

 ​牧師 山田矩子

 現在、無牧師の教会や伝道所が多くあります。無任所の伝道者となって説教奉仕に遣わされて感じることは、「フィリピにいて、キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たち、ならびに監督たちと奉仕者たちへ」(1:1)ということが土台にあることです。主キリストに結ばれた者たちは「聖徒たち」といわれ、「キリスト・イエスにあって神によって選び分かたれて神のものとされ、神に仕える群れ」とされています。現実には、いろいろな問題があるかもしれません。しかし、神の恵みは人間の思いを超えています。

 この「フィリピの信徒への手紙」の筆者であるパウロは、唯一の神を信じ律法を守る敬虔なユダヤ教徒で、新しい教えであるキリスト教を信じる人々を迫害していました。しかし突然、復活のキリストの出会いを受けて回心させられ、「キリストの福音」を宣べ伝える伝道者として召されたのです。それも異邦人への伝道者としての使命です。復活のキリストは、私たち一人一人にもそれぞれの仕方で出会ってくださり、私たちも主によって新しく生きる命と主に従う道を与えられています。 

 パウロはこの「キリストの福音」を宣べ伝えるため、3回の伝道旅行を行いました。第2回目の伝道計画は、第1回の伝道旅行で建てられたガラテヤ地方の教会を励ますため、アジア地方に行く予定でした。しかし「彼らは、アジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられ、行く方向をいろいろ変えたのです。しかしイエスの霊がそれを許さなかったのでトロアスに下った」(使徒16:6以下)とあります。そのような状況の中でパウロはその夜、幻を見たのです。

 一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」(使徒16:9)という幻です。パウロたちは、この幻はマケドニア人たちに福音を告げ知らせるために神が召し、招いてくださったと確信し、自分たちの伝道計画ではなく、神の指し示された道を目指して計画をすぐに変更したのです。福音宣教は神のなさる業といわれますが、私たちもその神の働きに招かれている一人一人です。 

 そしてパウロたちは、マケドニア州第一区の都市でローマの植民都市であるフィリピに向かいました。この町に住む人々はローマの皇帝を礼拝していましたが、神はこの地にも神を崇める人々を備えてくださったのです。祈りの場に集う婦人の一人リディアの心を主が開いてくださり、彼女はパウロの語る御言葉を注意深く聞きました。そしてリディアも家族の者も洗礼を授けられ、リディアの家の教会から、神に仕える教会としてフィリピの教会が成長していったのです。そして、パウロはフィリピの教会で福音を語り続け、フィリピの教会の人々は、ローマ帝国の地で宣べ伝えられた「キリストの福音」に留まり続けたのです。

 このフィリピの教会のことを思うとき、御言葉に聞く耳、心を開いてくださるのは神であり、福音を信じ、福音に根付かせてくださるのも神であることを思います。このフィリピの教会は「キリストの福音」が、アジアの地から新しいヨーロッパの地に建てられた初めての教会でした。そしてパウロは、いつものようにフィリピをあとにして次の伝道地へ向かったのですが、福音を宣べ伝えたため迫害され、今、ローマの地で捕らわれの身となっています。

 フィリピの教会は、パウロが去ってからもパウロを支え続け、物や金銭のみでなく、教会員のエパフロディトを派遣してパウロを支えました。しかし彼が病気になり、彼をフィリピに帰すため、パウロはフィリピの教会に対する感謝と、今、フィリピの教会が遭遇している問題に対する指示の手紙を書いたのです。あなたがたは、どのような中にあってもキリスト・イエスに信頼して、喜んで主と教会に仕えてほしいと祈り、励ましているのがこの「フィリピの信徒への手紙」です。

 パウロは、どのような時にも一人一人に働いてくださるのは神であり、主キリストであること、その救いの恵みによって命を与えられていることを忘れないでほしいと、「わたしたちの父である神と主イエスからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」(1:2)と祝福を祈ります。

(牧師 山田矩子)

2026年4月19(日)10:30~ 

   聖書  マルコによる福音書1章1

 説教 「福音は伝えられるもの

 ​牧師 渡部静子 

       

 パウロは、「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています」と記しています(フィリピ3:8)。

 主イエス・キリストを知ること、より深く、より真実に、私たちの全人格をもって知ることこそが、私たちの最高の願いであります。

 古河伝道所の礼拝で説教の奉仕をする与えられた機会に、私はマルコ福音書を通してキリストを知ることにつとめたいと願っています。
 マルコによる福音書は福音書の中で最初に書かれ、紀元約65年頃と言われます。1:1 神の子イエス・キリストの福音の初め

④神の子 ③イエス・キリスト ②福音 ①初め(ギリシャ語の順)

 ①マルコは、まず「初め」という言葉でこの福音書を書き始めます。創世記1章1節もまた、「初め」という言葉で始まっています。「初めに、神は天地を創造された」。マルコも、同じ言葉で福音書を書き始め、それは。天地創造という大事業に匹敵する、驚くべきみわざが始まった。神様は人間とこの世界を救い出すというみわざを実現してくださった。私マルコはその出来事を証言するのだ、と言うのです。

 ②新しい創造の出来事、それは「福音」と呼ばれます。その福音の内容は、イエス・キリストであります(8:35と10:29)。また、福音は、自分の命や自分の大事な宝をも超える、はるかに貴いものだと言われます(同)。さらに、「福音」は宣べ伝えられるものと言われます(13:10、16:15)。            

 なぜでしょうか。③福音の内容は「イエス・キリスト」だからです。イエスは名前で、キリストとは職名、すなわち、メシア救い主という意味です。それは信仰の告白の言葉です。この告白が初めてなされたのは、ペトロによってでした(8:29)。

けれども、このときのペトロの告白は、言葉の上では正しいのですが、メシア理解がまだ十分ではありませんでした。

 キリスト、メシアが苦しみを受ける、その信仰を確かなものと信じるに至ったのは、主イエスに従い続ける中で、正されていったのです。私たちの信仰も、始まりは未熟であり、間違った理解、自己中心的な聖書解釈だったりするとしても、教会に繋がり続ける中で、礼拝生活を通して、正され、深い理解へと導かれていくのです。

 ④最後に、「神の子」と告白したのは、ローマ帝国の百人隊長でした。百人隊長は、十字架刑を執行するのが仕事です。十字架の下で最後まで立って、その死を見届けるという職務を全うしようとしていたのです。百人隊長はローマ人です。ユダヤ人から言えば、異邦人。その異邦人が「本当に、この人は神の子だった」(15:39)と告白したのです。

 どうして、そう言えたのでしょうか。主イエスの十字架上の祈り「「父よ、彼らをおゆるしください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)という執り成しの祈りに触れたからではないでしょうか。自らの罪を自覚させられ、主イエスの十字架の赦しに出会ったのです。

 今、私たちはこのイエス・キリストを信じる信仰を与えられて礼拝をささげる恵みの中に置かれています。今、私たちは、イエス・キリストの福音を携えて、宣べ伝える使命を与えられてそれぞれの持ち場に遣わされていくのです。

(牧師 渡部静子) 

2026年4月26(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書17章14~20

 説教 「からし種一粒ほどの信仰

 ​牧師 藤塚聖

 

 イエスの活動は一種の「世直し運動」だったと思います。「律法主義」によって抑圧された人々に、神は恐ろしい裁判官ではなく愛の神であると説き(5:45)、人と社会は本来どうあるべきかを教えました。そして律法という基準で「罪人」とされた人の尊厳を回復して、あなたは何も悪くないと宣言しました(9:2)。

 それともう一つの重要な活動は、病人の癒しでした。それは現代医学でいう治療というより、ストレスの緩和のようなことだったと思います。ペシャワール会を創設した中村哲医師は、パキスタンでの登山隊の同行医師の体験が原点にあったようです。病院も医者もいない村々で、噂を聞いた人たちが各地から続々と集まりました。しかし使える薬も限られ、十分な治療も出来ないままその場を後にするしかなかったようです。ましてやイエスの時代には薬さえなく、体に手を当てたり、水を飲ませるくらいだったでしょう。重い病気は無理でも、ストレス性のじんましんや湿疹程度なら、それで良くなったかもしれません。たとえ治らなくても、病人は何かを感じたでしょう。強い偏見や差別がある中で、生まれて初めて人として大切にされた経験かも知れません。それがストレスを軽減して、症状が緩和したかもしれません。当事者にとってはそれだけでも伝承になるほどの出来事だったと思います。

 癲癇の子供を連れてきた人の話しはその典型といえます。「度々火の中や水の中に倒れる」(15節)とは、予測できない突発的な発作に苦しんでいるということです。激しいけいれんで体が硬直して、時には口から泡を吹く様子は、当時としては「悪霊」の仕業としか思えなかったことでしょう。それが起こると、大抵は周りが大騒ぎして症状が良くなるどころか悪化したと思われます。それに対して偏見をもたなかったイエスが、冷静に対応することで、子供はストレスから解放されて症状がおさまったのでしょうか(18節)。

 そのように対応出来なかった弟子たちを、イエスは「信仰が薄いからだ」と叱りました。そして「からし種一粒ほどの信仰」さえあれば癲癇を治せるし、山を移すことさえできると語りました(20節)。そうであるならば、そのような「信仰」とはいったい何だろうと考えざるを得ません。実際に病気を癒したり山を移すことは、私たちには到底できないからです。からし種一粒ほどの小さな信仰でいいとしても、そんな信仰をもてるとは思えません。

 そこでこの「信仰」を別の角度から考えてみます。イエスは神への愛は隣人への愛だと言いました(22:40)。つまり信仰が神への信頼であるなら、それは同時に人への信頼でもあるはずです。そしてそれは人が作る社会への信頼でもあります。弟子たちには、社会とこの親子への信頼が決定的に欠けていたのかもしれません。

 人や社会を信頼するとは、無条件の信頼というより、本当に信頼できる人間関係を作っていく、そして信頼できる社会を築いていくということです。その中で、難しい病気でも治ったり、現実に山が動く程の大きなことが起こるのかもしれません。今の世界の混乱を見ても、相互の信頼関係こそが世界を変える唯一の道であると思います。

(牧師 藤塚聖)

2026年5月3(日)10:30~ 

   聖書  マルコによる福音書1章1~8

 説教 「荒れ野に水が湧きいで

 ​牧師 渡部静子

        

 マルコは福音書を書き始めるに際し、メシア救い主の先駆者として、バプテスマのヨハネを登場させます。ヨハネの活動の舞台は荒れ野でした(4)。「荒れ野に水が湧きいで」とイザヤが預言(イザヤ書35:6)したように、荒れ野から福音は始まったのです。ここに、神様の不思議な知恵、人間の思いを超えた神の知恵を見るのです。

 この荒れ野とは、実は私たちのことではないでしょうか。私たちが荒れ野であるということは、なかなかわからないことでありましょう。それほど、ひどくはない、少しは実を結べるものがある、そう思うでありましょう。そう思いたい。そうでなければ、希望はないではないか、と思います。しかし、真の希望は神様からのみ来るのです。

 神の子、イエス・キリストによって実現された救いのみわざ、新しい創造は、荒れ野をも造り変える、荒れ地のような私たちをも造り変えてくださるということであります。            

 実は、この福音書を書いたマルコ自身が、それを体験したのです。マルコによる福音書の著者マルコは、使徒言行録などに出て来るヨハネ・マルコと呼ばれる人であります。

 使徒言行録13章1節以下には、最初の宣教旅行に教会はバルナバとパウロを派遣したことが記されています。そこにヨハネ・マルコも参加しているのです(使徒13:4-5)。彼の母マリアの家は最後の晩餐の家と言われ(マルコ14:14)、また、初代教会の集会の場所でもあり(使徒12:12)、女中がいる大きな家でした(同12:13)。そこで育った、若いヨハネ・マルコを助手として連れて行ったのです。

 ところが、その最初のところで、ヨハネ・マルコは厳しい伝道旅行に着いて行けず、挫折してエルサレムに帰ってしまうのです(使徒13:13)。パウロとバルナバが第二回目の伝道旅行を計画したときには、マルコを連れて行くかどうかで、二人の間に大激論があったと記されています(使徒 15:36-41)。

 そのような失敗をしたマルコでしたが、それからどのくらい経ったのでしょうか。パウロの手紙の中にこのように記されているのです。

・コロサイ 4:10 パウロと一緒に牢獄に入っているのです。

・フィレモン 24「わたしの協力者たちマルコ」と、一番目に名前が記されています。

・2テモテ4:11「わたしの務めをよく助けてくれる」、「わたしの務めのために役に立つ」(口語訳)と言われています。 
 マルコの成長が見られます。自分の破れた体験を通して、自らの荒れ野に目覚めさせ、神様は自分を作り変えてくださったと、マルコは福音に新しく出会い、再び福音に仕えることができるようにされていったのであります。

 この福音こそ、自分の命と自分の所有の一切をかけても悔いのない素晴らしい宝であると知り、この福音を宣べ伝える者とされていったのです。

 私たちも、自らの荒れ野に目覚めるとき、そして、神様の憐れみを祈り求めていくとき、福音は私たちを新しく造り変えてくださるのです。

(牧師 渡部静子)

2026年5月10(日)10:30~ 

   聖書  フィリピの信徒への手紙1章3~7

 説教 「共に恵みにあずかる者

 ​牧師 山田矩子

 3~7節で、パウロは今捕らえられているローマの牢で、フィリピの教会のこれまでを思い起こし、さらに未来を臨み見て神に祈っています。「あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています」(1:3~4)と語り、それは、「あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです」(1:5)と、その源を告げています。フィリピの教会は異教の地にあって、しかしキリストの福音に出会ってからは、その福音から離れることなく、キリストと交わり続けました。このように、人の願いや試練を超えて信仰にとどまり続けることができるのは、ただ神の恵みによるとパウロは感謝し、たとえ多くの困難があっても、神の救いのご意志は変わらないという主への信頼です。

 使徒言行録16:11以下には次のようにあります。フィリピの教会の歩みは、リディアの家の教会から始まりました。その喜びの一方でローマの役人は、福音を告げるパウロたちを捕らえ足枷をはめました。しかしその闇の中で大地震が起こり、囚人たちの鎖は外れました。看守は囚人たちが逃げ出したと思い自殺しようとしましたが、「わたしたちは皆ここにいる」というパウロの言葉に、「救われるためにはどうすべきでしょうか」と尋ねたのです。パウロたちは、「主イエスを信じなさい。あなたも家族も救われます」と、キリストの信仰の招きを伝えました。そして看守と家族皆に主の言葉が語られ、それを聞いた人すべてに、主を信じる喜びと祝福が与えられました。

 こうしてリディアや看守たち、さまざまな状況下にある人々が、主に招かれ、主に罪を赦されて、主を信じて救われ、フィリピの教会が主の教会とされていったのです。さらにパウロは、「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています」(1:6)と、終わりの日の希望を語ります。フィリピの教会に主イエスを信じる信仰を与えてくださった方は神であり、終わりの日までその信仰に立つ者としてくださるのも神であるという「救いの確信、神への信頼」が、パウロの感謝を貫いています。

 そのパウロは、裁判でキリストの福音を弁明する厳しさと共に、主を証しする恵みの中にいます。一方、フィリピの教会も困難の中で、福音を証しする恵みの中にありました。人間的には困難であっても、神はその苦しみを恵みへと変え、「共に恵みにあずかる者」としてくださるのです。

 今回、このパウロの祈りをとおして、自分自身の心の貧しさを思っていたとき、与えられた2つのことがあります。1つは、今、体調を崩している私を多くの方が見舞ってくださり、その姿や言葉から聖書の真実、パウロの感謝を自分のこととして思う時を与えられたことです。もう1つは、そのような思いで説教を語っていたとき、讃美歌21の55番「人となりたる神のことば、……見よ、聖書より輝き出で、われらの道を照らしたもう」が讃美されたことです。

 主を信じる信仰を与えてくださった神は、途中の歩みも、そして終わりの日まで信仰に立つ者としてくださることを、礼拝の中で示されたのです。御言葉に共に聞き、キリストの恵みに共にあずかる主の群れとなりますよう、神の祝福を祈ります。

(牧師 山田矩子)

 

2026年5月24(日)10:30~ 

   聖書  コリントの信徒への手紙二4章7~15

 説教 「教会という土の器

 ​牧師 藤塚聖

 

​ 本日は、聖霊により教会が始まったことを記念するペンテコステ礼拝なので、「教会」について考えてみます。使徒言行録では、教会がエルサレムから枝分かれして各地に順調に広まったように理想化していますが、本当はそんな単純な話ではなく、最初の頃から信者の間には対立や分裂があり、多種多様な考え方があったようです。例えばユダヤ人の教会と異邦人の教会は全く違うものであり、重視するものについても「イエスの言葉と業」か「キリストの十字架と復活」か、つまり「人間イエス」か「ドグマのキリスト」かという違いがあります。このように、私たちは本来なら衝突して対立する事柄を、矛盾と思わずに、まぜこぜにしているわけです。そこでそれらを整理しておきたいと思います。

 信仰の対立を示唆している話が、使徒言行録の15:36-41にあります。一緒に伝道旅行をしたパウロとマルコとの間に何かあり、以後彼らは行動を共にしなくなりました。報告では、第1回目の旅行途中でマルコがエルサレムに帰還しており(13:13)、その結果パウロはマルコを2回目の旅行から除外しました。そしてそれでバルナバとも激しく対立したとあります。おそらくパウロとマルコの信仰理解に大きな違いがあり、協働できなかったと考えられます。

 マルコの母の家は、祈りの場(1:13)や信者の集会に使われ(12:12)、最後の晩餐をした家でもあったようです。つまりマルコは生前のイエスの情報には多く触れていたことでしょう。それに対して、パウロは生前のイエスの言動には関心がないと公言しており(2コリント5:16)、彼が語る観念的なキリストには、相当な違和感があったと思います。すでに諸教会の間で読まれていたパウロの手紙については、マルコは批判があり、生きたイエスの出来事を伝えるために敢えて「福音書」を執筆したのでしょう。彼はイエスの生きた人間としての言葉と業こそが、人にとって重要だと考えました。

 新約聖書の中に「福音書」という文書が含まれている意義は決定的だと思います。もしパウロ系書簡だけだったら、私たちの信仰はどうなっていたでしょうか。もっと権威的で独善的になり、隣人愛と奉仕、また社会的視点は欠落していたかもしれません。そうは言っても、教会はパウロ系の信仰だったから世界各地に拡大したとも言えます。イエスの言動に特化した教会だけなら限界があり、発展しなかったかもしれません。

 現代の教会も間違いなくパウロに大きな影響を受けています。それ故にドグマ的信仰で硬直化している面は否定できません。そして長い歴史の中で肥大化して、本質から外れたものも多く所持していると思います。だからこれからの教会は、本当に大切なものは何かを選び取りたいものです。個人的には、ドグマのキリストよりイエスの言葉と業に帰るべきと思っています。

 本日の説教題は、パウロの手紙にある「土の器」という言葉を借用しました。これは人間の脆さやはかなさを表現しています。それは教会も同じであり、脆く間違いだらけで不完全だけれども、そこにはイエスキリストという宝が確かにあるということです。土の器として謙虚になり、その宝に生かされていきたいものです。                                                                             (牧師 藤塚聖)

2026年5月31(日)10:30~ 

   聖書  出エジプト記4章1~3節

 奨励 「あなたは何を持っていますか

 会員 寺嶋健一

 

 私がまだこちらの教会に転入会する前に、藤塚先生からはがきをいただきました。それには、(転入会のことでは強引にお勧めして申し訳ありませんでした。「すべて定められた時がある」(コヘレトの言葉3:1)。以前、寺嶋さんの言葉にあった「召命」を覚えたときが、その時かも知れませんね。)と書かれていました。

 召命とは、神さまに呼び出され特別な使命を与えられることです。召命を受けた人たちのことが、聖書には数多く書かれています。預言者エレミヤ、勇者ギデオンも召命を受けました。また、新約聖書では、パウロを導いたアナニヤに神さまの言葉が臨みました。

 人は神さまの召命に対して、自分の無力さ、年齢の若さ、小ささ、または恐ろしさを理由として辞退を申し出ることが多いでしょう。しかし、神さまは行けと言われます。その理由は「わたしが共にいるから」、あなたのそばに寄り添うからと言うのであります。

 さて、モーセも神さまからの召命を受けました。しかし、この召命を受けたモーセは、自分の無力さを理由に、辞退しようとするのです。すると、神さまはモーセに言いました。「あなたが手に持っているものは何か」と。モーセは杖を持っていました。羊飼いなら誰でも持っている、仕事に使うただの杖です。「杖です」。応えたモーセは思いました。(これが何の役に立つのか。これでファラオが率いるエジプトの軍団にかなうとでも言うのか。ただの木の杖だ。金や銀の杖ではない)。その杖によって、神さまは様々な力を示されるのです。

 私たちは土の器です。高価なものではありません。それほど美しいものでもありません。手を滑らせて、落としてしまえば、砕けてしまう、弱いものです。この器に計り知れないほどの素晴らしい宝が収められています。この宝は私たちから出たものではありません。共にいてくださる神さまにより、苦しいときにも行き詰まらず、途方に暮れて失望することなく、希望を持つことができるのです。

 イエスキリストによって招かれた弟子たちでも、誰が一番偉いかと言い争い、また、嫉妬していました。「あなたのためなら命まで」と豪語していたのに、事が起きると逃げ出しました。よみがえられたイエスに会っている時にも疑う者がいました。実にダメな弟子たちです。この弟子たちに大きな使命が与えられました。「行ってすべての民をわたしの弟子にしなさい」と。だから、私は弱いものです、小さな者です、信仰の乏しい者ですなどと言って、神さまからの召命を辞退することはないのです。今のまま、手に持っている杖を使えば良いのです。これからも希望を持ち、力を合わせて歩んでいきましょう。

 余談ですが、数十年ぶりにイザヤ・ベンダサンの日本人とユダヤ人を読み直し、偶然このような文章を見つけました。そのままお読みいたします。(生まれながらにして偉大なる人間などというものは、ユダヤ人の歴史には存在しなかった。モーセ、ヨシュア、サムエル、ダビデ、エリヤから偉大なる預言者たちに至るまで、すべて、生まれたときはただの人である。彼らがなぜ偉大なる仕事をなしえたか、それは神に召し出され、神に命ぜられ、そしてその使命を立派に果たしたからに外ならない。モーセは捨てられた子であった。・・・神の召命とか神より与えられた使命とかいうものは、当人にとっては有難いものでも、うれしいことでもなかった。モーセは何とかして苦しい使命から逃れようと、一心不乱に辞退している。人間はすべて神の前に平等である)。

(会員 寺嶋健一)

​                                                                           

2026年6月7(日)10:30~ 

   聖書  マルコによる福音書1章9~11節

 説教 「主イエスはなぜ洗礼を?

 牧師 渡部静子

 

   

 皆さんは洗礼を受けていますね。いつ、どこで、誰から洗礼を受けたか、覚えているでしょうか。

 イエス様も洗礼を受けられました。場所はどこでしょうか。ヨルダン川ですね。誰からですか。バプテスマのヨハネからです。何歳のときだったでしょうか。30歳です(ルカ3:23)。宣教活動を始める直前に洗礼を受けられました。

 けれども、考えてみれば、どうしてイエス様は洗礼を受けられたのでしょうか。バプテスマのヨハネが授けていたのは「罪の赦しのための洗礼」(マルコ1:4)でした。しかし、「この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった」(1ペトロ2:22)のですから、イエス様には必要がないはずであります。

 その問いは、罪のない主イエスがどうして罪人として十字架という極刑、一番重い刑罰を受けられたのか。さらに、さかのぼって、なぜ神の子が人間の赤子として家畜小屋に生まれねばならなかったのかという問いと結びつくのです。

 そこには徹底的にへりくだった主イエスの姿が見られます。それは家畜小屋の誕生から十字架の死に至るまで、つまり、地上の主イエスに一貫しているものであります。

 パウロは後にそのことをフィリピの信徒への手紙2章6節(新p.363)以下にこう記しています。

 「キリストは、神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、しもべの身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで、従順でした」。

 まさに、徹底的なへりくだりの生涯だったのです。私たちはそのような主イエスの洗礼に合わされて、罪のゆるしを受けるのです。

 10節には、不思議なことが記されています。「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて、“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった」とあります。「天が裂けた」というのです。これは神様の決定的な介入を示す言葉です。天は、今まで閉じられていたのです。それは人間の罪のためです。その隔てが、天の側から、すなわち、神様の側から裂かれた、ということです。

 そして今や、神様が再び語り始められたのです。神様の沈黙のときは終わった。今まで知ることが出来なかった天上の世界を知ることができるようになったということです。

誰のためか。それは主イエスと共に洗礼を受ける人に与えられる恵みです。確かに、洗礼を受けた人には、天が開いて新しい世界が見えてくる。今まで知らなかった信仰の世界、今まで閉じられていた神様の世界が、聖霊によって少しずつ見えるようにされるのです。

 では、天からの御声、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」というみ言葉もまた、主イエスに語られたみ言葉ですが、洗礼を受ける人に与えられる言葉だということが出来るでありましょう。

 罪人に過ぎない者に与えられる神の救いの御業は何と大きいのでしょうか。洗礼はサクラメントです。聖礼典です。それは、不思議な仕方で、二千年の時を越えて、主イエスと私たちとの間に確かな結びつきを造り出すのです。そして、主イエスの洗礼のときに起こった出来事は、私たちの洗礼においても、確かに起こり、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」との語りかけを与えてくださるのです。このみ言葉を繰り返し心に刻みたいと思います。

(牧師 渡部静子)                                        

2026年6月14(日)10:30~ 

   聖書  フィリピの信徒への手紙1章8~11節

 説教 「キリスト・イエスの愛の心で

 牧師 山田矩子

 

 パウロは、キリストの福音が初めてフィリピに伝えられた時から今日まで、教会が福音にあずかり続け、福音を宣べ伝え続けている感謝と喜びを献げ、「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています」(1:6)と、終わりの日にフィリピの信徒たちの心と目を引き上げていきます。

 パウロはフィリピの人々を深く愛していますが、パウロ個人の思いを超えて、主キリストがフィリピの人々を招き、愛してくださったその「主の愛」に支えられ、励まされて、自分も真実に彼らを愛することができると告白しています。そして、その主に愛されているフィリピの教会が、自らの信仰生活の中でどのように愛に生き、主に仕えていけばよいか、パウロは具体的に2つの祈りを献げています。

 1つは、「知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」(1:9~10a)という祈りです。この「知る力と見抜く力」は、口語訳では「深い知識とするどい感覚」と訳されていて、「愛が、深い知識において、いよいよ増し加わっていく」(1:9)といわれています。このパウロが伝えたい「愛が深い知識において増し加わる」という言葉は、「神と人とにかかわること」であり、また「人と人とにかかわること」であり、「すべての真実の根拠は、御子イエス・キリストにおいて示された神の愛にある」ことを明らかにしています。

 もう1つは、「キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように」(1:10b~11)という祈りです。 

 今回、この説教準備の中で、突然13年前の教師試験の課題「神義論」を思い起こしました。神は全能、義であられるのに、この世にはなぜ理不尽なことが多いのかということを、「ヨブ記」などから考えていたとき、人間を愛してくださる神様が、一番悲しい思いをされているのではないかといった言葉が心にあります。私たちは、なかなか自分から心がほかへと回らないのですが、この父なる神と、その神の御心を祈りながら仕える御子キリストが、私たちの命の源です。

 私たちが神を愛するよりも先に、私たち一人一人を知り愛してくださる神と、イエス・キリストによって与えられる義の実を受けて、神をほめたたえる群れとなるようパウロは祈ります。

(牧師 山田矩子)                               

2026年6月21(日)10:30~ 

   聖書  創世記1章1~5節

 説教 「出発信仰(!)

 牧師 北川裕明

 

「『光あれ』すると光があった。」不思議な表現である。4日目のように、「光る物」を造ったということではない。太陽や月や星という発光体を造ったということではなく、むしろ、発光体に依存しない光を呼び出したという。即ち、この光は一切のものから制約を受けることのない、言わば根拠のない光と言わざるを得ない。地は混沌として暗闇に覆われている。そこに光が現れる。そこから時が動き出し、空間が広げられ、あらゆる被造物が生まれ出た。

 『聖書』は、この光だけをテーマとしているのではないだろうか? 暗闇がいかに大きく深淵に広がっていたとしても、闇は光を閉じ込めることは出来ない。けれども、光はどんなにわずかであっても、闇にまぎれることはない。

 私たちが問うべきは、闇の存在そのものではなく、光の欠如なのだ。しかも、発光体にも依存しない根拠のない光を見つめようとするなら、そこに光がある。

   (牧師 北川裕明)

2026年6月28(日)10:30~ 

   聖書  マタイによる福音書17章24~27節

 説教 「優先すべきもの

 牧師 藤塚聖

 

「神殿税」の徴収者がペテロに催促して、結果としてはイエスが納税したという話です。釣った魚の口に銀貨が入っているのは、いかにも奇跡物語風であり創り話のようですが、イエスが神殿税を納めていなかったのは確かだったと思います。しかしそこにこだわらずに、時と場合によっては納税することもあったのでしょう。後の教会においては、イエスの活動がいわゆる「反体制運動」や「納税拒否運動」ではなかった例としてこの話が使われたようです。

 納税に関しては、「皇帝のものと神のもの」という有名な話があります(22:15-22)。パリサイ派とヘロデ派がイエスを訴えるために、皇帝に納税すべきか否か質問してきました。どう答えても罠にはまります。しかしイエスはまともに答えずに、彼らが神殿税でさんざん私腹を肥やしておきながら、皇帝への税金に文句が言えるのかと皮肉りました。イエスは納税の是非については何も言わなかったのです。

 さて、神殿税ではユダヤ人の成年男子が年に2ドラクメーが義務付けられていました。2日分の給料に当たります。集落ごとに徴収されたので、未納なら直ぐに分かりました。神殿支配により市民は搾取され権力者は私腹を肥やし、裏ではローマ帝国にも財が流れました。そのような仕組みに対して、イエスは最初から批判を持っていたのです。

 未納を指摘されて、ペテロはすぐに「納めます」と約束しました(25節)。世間体を気にしたのでしょう。しかしイエスは神殿税の矛盾を鋭く指摘しています。神への感謝なら本来自由な捧げ物であるはずです。それを強制や義務にしていることがそもそもおかしいのです(26節)。しかし目くじらを立てるほどでもないのか、納めるように指示しました(27節)。批判はあっても絶対拒否ではないのでしょう。それよりも徴収者が困らないようにしたのです(27節)。イエスの第一の関心は、差別や抑圧により人の尊厳が奪われることにあったと思います。人が人らしく生きる生活、互いに赦し合って生きることを求めました。従って税金に批判はあっても、大きな関心ではなかったのでしょう。 

 状況は異なりますが、パウロのコリント教会への発言を思い出しました(1コリント8:7以下)。「偶像に供えられた肉」に関して、ユダヤ人信者は律法上口にすることができませんでした。一方で、異邦人信者はこだわらないので自由に食べていました。パウロも律法を克服したので偶像の肉に抵抗はなかったはずです(8節)。しかしこだわりを捨てられない弱い信者も多数いるので、彼らをつまずかせないために、自分も肉を食べないと言っています(13節)。それが良いことなのかどうか疑問もありますが、とにかく建前上は、パウロは自分の信念より弱い信者のことを優先したということになります。

 要約するなら、パウロは弱い人への配慮により、自分の自由と権利を行使しませんでした。イエスも徴収者をつまずかせないために、神殿税を納めました。不本意でも本来必要のない義務を果たしたのです。原理原則というより、何を優先するかということかもしれません。

   (牧師 藤塚聖)

 

                                 

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